「欧州どまんなか」 January 22, 2002
「紅白歌合戦」を見て

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最初に登場したのは12歳か13歳に見える少女である。彼女の衣装は、ジョギングの途中で私が毎日出会う、白い毛のふさふさしたアラスカ犬を連想させた。彼女は「Love・涙色」という題名が半分英語の歌をうたいはじめ、リズムに合わせて右手をゆっくり持ち上げる。

私はあせる。わからないのである、彼女がうたっている歌詞が。一瞬、英語のように聞こえたが、どうしても日本語と思われた。母国語・ヒアリング能力の減退を恥じて、私は音量を大きくする。少女雑誌から抜け出たような美しい日本人のお嬢さんが私の目の前でうたっている。なのに、私には言葉の切れ端しか耳に残らない、、、突然、画面の下の端に歌詞がうつっているのに、私は気がつき、安心する。日本は本当にいろいろの人を想定して気配りをしてくれる国だと、私はうれしく思った。

ある日曜日の午後、私が見ているのは「21世紀最初の年、NHK紅白歌合戦」のビデオである。近所に暮らす日本人の女性が私に貸してくれた。彼女も知人から借りたそうである。ビデオを渡すときに、彼女は「宇宙人のような日本人を見てショックをうけて、スィッチを切ってはいけない。辛抱していると楽しくなる」と私に忠告してくれた。最初わぜとらしい感じがした舞台上のやりとりも、辛抱するうちに気にならなくなる。歌詞も聞いているだけで大半が理解できるようになった。いつの間にか家族もいっしょに見ている。

私が育った家には、クラシック音楽を尊重し流行歌を軽蔑する雰囲気があった。でもそのために、私達はかえって歌謡曲にひかれ、大晦日にはいつも「紅白歌合戦」を見た。日本の町はどこからか音楽が聞こえる。私も、当時知らない間にヒット曲のメロディーと歌詞をおぼえてしまった。「紅白」とは、その年のヒット曲をおさらいするところがあった気がする。

ドイツの町では自動車の騒音は許されても、人間が出す音は極力避けられるところがある。日本のように流行歌にさらされることがないので、関心を持たない限りどんな曲がヒットしているかを知らないままで暮らす。ある時から、「静かなドイツの町」を、私は残念に思うようになった。

「宇宙人」のような若い歌手だけでなく、和服の歌手も現われ、またいろいろなタイプの歌がうたわれる。私の子供たちは、舞台でどびはねる若い歌手に共感をしめす。彼らの歌い方、動作、メロディー、リズムも子供たちに馴染みのある欧米の人気歌手と同じである。違うのは、歌詞が日本語で英語が混じっていることだ。ドイツなら歌詞は全部英語でうたう。この種の音楽はグローバル米国文化である。作曲者や歌手がドイツ人であっても、踊りをドイツ的に変えないように、歌詞も英語にしておくほうがドイツの若者に受けるようである。

私が日本で暮らしていた頃も、英語の単語が出てくるヒット曲があった。今や本当にセンテンスでふんだんに出てくる。これは、当時の単語が長くなって文になったからかもしれない。日本の若い人々はどんな気持ちで聞いているのか、私は好奇心にかられた。全部英語になったら、「I´m gonna feel so right」と感じられなくなり、ヒットしないのかもしれない。

外国に住む日本人は身勝手で、文句をいいながらも「いつまでも変わらない日本」が好きである。私も、昔と似たよう歌手や曲が出てきてうれしくなる。本当ははじめて聞いたり見たりするのであるが、そんな感じがしないところがいい。

番組は進行し、見覚えのある女性が出てきた。
「淡い初恋消えた日は / 雨がしとしと降っていた / 傘にかくれた桟橋で / ひとり見つめて泣いていた、、、」
歌手は森昌子さんで、曲は私が日本にいた頃ヒットした「せんせい」である。自分が昔本当に見た歌手が出てきたことでうれしくなり、そのことを家族に伝えたいと思って見回したが、テレビの前にはもう誰もいなかった。

歌を聞いていると、子供の頃にたくさん見た白黒映画の一場面のように思えた。少女が立っているのは田舎町の港の桟橋である。この町に赴任した「先生」が都会に戻る。立ち去る先生の立場から、もう一つ歌ができてもいいような気がした。突然、それまで聞いた曲が男女の「出遭い」や「別離」をテーマにし、「残された女」と「立ち去る男」になるか、都会で苦労を共にするといった歌詞ばっかりであったような気がした。

ドイツの歌謡曲も地方、故郷がテーマであることが多い。でも故郷に残ってよかったという賛歌になる。日本は、悲しみの歌か、励ましの歌である。一見無関係にみえる都会風の曲も、故郷喪失の影を引きずっている感じがする。この違いも、日本の近代化が急激に進行する離農、大都市への移住で、どこか痛みを伴うものであったからで、反対に、地方分権のドイツではゆっくりと進み、そうならなかったからかもしれない。

出演者の多くが、何かあると「がんばります」といった。この文句を、私が短時間にこれほどたくさん聞いたのは久しぶりである。だから、「紅白」を何十年ぶりに見た私も、「がんばって」最後まで見て、本当によかった気がしてきたのである。

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