「欧州どまんなか」 February 26, 2002
私がドイツで食べたクジラの肉
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ある年のクリスマスイブ、ノルウェーから到着したフィリップ君はすっかり興奮していた。書類や衣服が詰まったトランクから下着にくるまったビニール袋を取り出す。中に入っていたのは犬の頭ほど大きな肉の塊で、食べてはいけないと日本人が世界中から叱られているものである。

フィリップ君はノルウェーでクジラの肉を一度食べたところあまりおいしくなかったので、私に本場の調理をして食べさせて欲しい、できたらレシピを持ってかえりたいと悪戯っぽく笑う。フィリップ君は私のフランス人の甥で、海底技術を専攻し、その年パリからノルウェーのトロントハイムに移り住んだところであった。

私はこの特別なクリスマス・プレゼントによろこんだ。それ以上に、日本人はクジラを食べるのが好きだとフィリップ君が思っているのが私には面白かった。ビニール袋に入った血だらけの鯨肉が我が家のクリスマス・ツリーの下に他のプレゼントと並んで置かれる。集まったドイツ人の親戚がどう反応するであろうか。想像するだけで私はうれしくなった。

でも、料理の仕方といわれて、本当のところ私は困ったのである。彼の持ってきた鯨肉のかたまりからクジラのベーコンや、おでんのコロをつくることなどできない。私は学校の給食でクジカツをよく食べた。でもこんなものをフィリップ君に食べさせたら牛肉の代用食品だったことがばれそうな気がした。

私は肉のかたまりを適当な大きさに分け冷凍庫に入れる。フィリップ君といっしょに食べる分は普通のステーキより薄めに切って、ニンニクとショウガをすりこんだ醤油に漬けた。その後私はクリスマスツリーを前に家族・親戚が賛美歌をうたうのを聞いていると、昔給食のクジカツを噛み切れずに呑み込んだことを思い出す。私は中座し台所で漬けていた肉切れをもう一度取り出し包丁で切れ目を入れた。翌日それを片栗粉でまぶし油で揚げると、フィリップ君はおいしいとほめてくれた。

その後何年間か、フィリップ君は年に一度か二度鯨肉をくれた。私も料理の仕方をいろいろ試みる。カツオと同じようにたたきにしたり、焼肉にしたり、鯨缶風に醤油と砂糖で煮込んでとろみをつけたりした。

鯨肉は独特の風味がある。私が味付けを濃くすると、いつの間にかいっしょに食べるようになった女房からもクジラの味が失われると文句がでた。鯨肉など日本で暮らしている頃気にかけなかった私も、度々食べるようになり、また食べてはいけないとされると、食べたくなるのである。自分が迫害を受けている「隠れキリシタン」になったような気がした。

ある時から数年間フィリップ君がクジラを持って来なくなる。理由は簡単で、彼がベジタリアンのドイツ人と結婚したからだ。はじめて彼の奥さんに会った時の私は口数が少なく、少し顔がこわばっていたと、後で女房に冷やかされた。私はクジラのことを考えないようにする。フィリップ君は二年前南ア連邦・ケープタウンの大学に就職しノルウェーを後にする。途中我が家に寄り、「これが最後」という感じで鯨肉を持ってきた。私はよろこび、フランス人の悪口を当分いわない決心をする。

話は少し飛ぶが、米国の次の攻撃目標としてソマリアやフィリピンなどが取りざたされていた頃のことである。新聞を読んでいると、誰かがブッシュ米大統領をメルビルの「白鯨」のエイハブ船長に喩えていた。主人公は、自分の片脚をもぎ取った「モービー・ディック」と呼ばれる鯨に復讐するために、七つの海に渡って追いかけて、最後自滅する。「ブッシュ=エイハブ船長」説が説得力をもつのは、危険をもたらす自然を悪と見なし、倒そうとしているうちに自身も悪と化し自滅する人類のたとえ話、いわば「環境小説」として、この作品が読まれるようになったからである。

ある時、私はクジラ乱獲が始まった19世紀中頃のドイツの雑誌で捕鯨ルポを読んだことがある。そのなかで鯨は人間が知恵と技術によって屈服させる「危険で巨大な怪物」として描かれていて、今のように保護されるべき環境の象徴では決してなかった。欧米人にとって、自然は服従させる対象で、現在屈服したので、保護する対象に変わっただけのことである。

この考え方は、人間を生物界の連鎖の一部と見なす私たち日本人が本来もっていた自然観と異なる。日本の捕鯨推進派が「私たちは自然の恵みに感謝して鯨を捕まえて食べている」というのは、私たちにはわかりやすい。でもこれが欧米人に理解されにくいのは、自然観が違うからである。問題は、日本が西欧的自然観と切っても切れない関係にある科学技術、すなわち「洋才」を駆使する近代工業国になってしまった点にある。だから彼らは、エスキモー人と同じようなことをいって捕鯨したがる日本を欺瞞的と感じ非難する。

ヨーロッパでも海岸居住民は昔鯨を食べていたし、この資源を日本人と同じようにいろいろ活用した。17世紀や18世紀には今よりはるかにたくさんの鯨がいた。「鯨が現在また増加した」というのも、どの時代を基準にするかの問題である。

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