「欧州どまんなか」 March 26, 2002
三本の十字架

美濃口氏の写真 美濃口 坦
ミノクチ・タン

1970年から京都ドイツ文化センター勤務。1974年ミュンヘンに移住。1980年から1991年まで書籍販売業。人生の大部分を通訳、翻訳、教師等で日銭を稼いで生きてきた「フリーター」先駆者。この数年来、日独のメディアに寄稿。訳書「比較行動学」(アイブル=アイベスフェルト)

 

前回、私はハイデルベルクの町と関連してベルンハルト・シュリンク「朗読者」を思い出した。そのためか、数日後友人と電話したときに、私はこの小説のことを話題にしてしまう。

日本の大学でドイツ文学を教える友人はこの世界的ベストセラーの悪口をいいはじめる。15歳の少年が20歳以上も年上の女性と性的関係をもつことや、また読み書きのできない女主人公を登場させたことが不自然で嘘臭いと批判した。彼は、字の読み書きができないドイツ人など出遭ったこともないし、小説全体に教養豊かな階層の出身者がそうでない女主人公を救おうとする説教好きのドイツ人臭さがプンプンすると難じる。

電話を切ってから学生時代の友人姿が思い出されて懐かしくなる。当時彼はまじめな勉強家であったが、どこか辛辣で話していて面白かった。だから彼らしいと思った。小説を読んでいてハナシにリアリティを感じるかどうかは個人によってもまた文化によっても異なる。だから阿呆臭いと感じる人も、そう思わない人もいて、読者によって反応がばらつく。その点が私にはいつも面白い。

中学時代、親しい同級生の母親に対して性的妄想を抱いた経験がある私には、主人公の少年と年上の女性の関係が、自分の満たされることなく終った願望の成就のように感じられて、(はしたなくも)小説の世界に引き込まれてしまった。性に目覚めた少年と遥か年上の女性の関係は、女性から見てもひそかな願望かもしれない。多くのことで過剰に反応するきらいのある米国で、この小説が「性的児童虐待」と受けとられたのが、このような事情を示唆する。

次は字の読み書きができない人々のことである。中世ヨーロッパで読み書き出来た人々はごく少数で、有名なフランク王国のカール大帝も読み書きできなかった。16世紀欧州のどこの国でも識字率は20%程度であったとされる。ハンコを押す日本と異なりヨーロッパではサインをするが、昔字を書けない人はよく三本の十字架をかいてサインの代わりにした。

その後義務教育が導入されてからは識字率が100パーセントに近くなる。昭和23年の調査では日本で1字も書けない人は1.7%、カナが書けても漢字ができない人が2.1%という数字がでているが、ユネスコ発表の統計によると、欧州先進国も似たような高い識字率をしめす。こうして、自国を先進国と見なす国、例えばドイツも識字能力のない人々の問題を発展途上国特有の現象で、自国社会と無関係であると見なすようになった。

ところが、ドイツでは1970年代後半になって、この現象が自国社会の問題として議論されるようになる。というのは、義務教育を受けながら文字の読み書きを習いそこなった人々がかなりたくさんいることがわかったからである。もちろん定義によって識字能力が欠如した人々の推定数は異なる。人口8000万のドイツで400万人もいるといわれ、また他の欧州先進国でも5%ぐらいとされている。

ドイツでは、高等教育を受けた人々の階層と、そうでなくて社会で手足となる階層との間に大きなギャップがある。問題は、手足となる階層の人々が伝統的に教育に対する関心が低いことである。この現象は、「教育ママ」というコトバに象徴されるように、時には過剰なほど教育熱心な国から訪れた人々には眼にとまるはずである。その結果、親が無関心なために文字を読めないまま義務教育をすませてしまう人がでてくる。ドイツ各都市でこのように落ちこぼれた成人のために文字習得のための講習会が開かれている。

文字の読めない人は、小説の中で描かれたように、そのことを恥ずかしく思って隠す。私と電話した友人が、読み書きできないドイツ人に出遭ったことがないというのは当然のことである。また文字が読めないことを隠そうとする人々は文字を読まないですます能力を身につけるといわれる。駅名ぐらいの字を理解するだけなら、字の行列全体を視覚的にとらえて音に結びつけることは彼らには決して困難でない。

小説の女性主人公は、読み書きの能力が必要な職種にかえられる、すなわち昇進することになると職場をかえていった。ドイツ社会が遥か昔に克服したと思い込んでいた問題を70年代後半に発見したのは、読み書きできない人がつける職種が減ったことで問題が表面化したからである。現在電車やバスに車掌がいないのもその例である。

工場でもかってマイスターとその補佐ぐらいの人が、部下の工員に作業内容を口頭で伝達した。この状況も効率化のために機械が導入されて変わってしまう。失業問題で労働市場の競争が激しくなる。当然識字能力のない人々は最初から相手にされない。かっては職人さんの世界でも識字能力のない人々をかばう家族的雰囲気があったが、世の中が世知辛くなると、これもなくなる。

このような議論が背景にあるので、ドイツの読者は女性主人公が「読み書きできない」という設定に違和感を覚えなかった。ドイツの小説をドイツ人と同じように理解する必要はない。でも事情を知るとまた面白さが増えることもあるのである。