「欧州どまんなか」 April 16, 2002
ドイツの「パラサイト・シングル」
美濃口氏の写真 美濃口 坦
ミノクチ・タン

1970年から京都ドイツ文化センター勤務。1974年ミュンヘンに移住。1980年から1991年まで書籍販売業。人生の大部分を通訳、翻訳、教師等で日銭を稼いで生きてきた「フリーター」先駆者。この数年来、日独のメディアに寄稿。訳書「比較行動学」(アイブル=アイベスフェルト)

 

お父さんのミヒャエルさんはミュンヘン工科大学に通いはじめた長男がこのままだと三十歳になっても四十歳になっても家から出て行かないと心配する。長男はガールフレンドもいないし友達も少なく、どこかへ出かけることもない。大学の授業が終わると寄り道もしないで帰宅しコンピューターの前にばかりすわっているそうである。

ミヒャエルさんは女房と小学校の同級生である。三人息子の下の二人がうちの子供と年齢が同じで、また近所ということもあって私たちとは親しく、何度もいっしょにバカンスを過ごした。そのうちに、彼は下の二人の息子もが家から出て行かないことを心配しはじめた。二人は我が子より学校の成績がよいが、どこか消極的である。

ミヒャエルさんは専業主婦の奥さんに原因があると見る。でも彼女は料理も上手でよい母親で奥さんであるので、私は疑問を呈した。彼の話を聞きながら、私は少し前インターネットで読んだ日本の新聞記事を思い出す。

それは、世論調査で4割の人が「パラサイ・トシングル」に反対しているという記事であった。日本と同じように、成人後結婚しないで親と同居する人がドイツにもいるのである。ドイツ語には「ペンション・ママ」とか「ママ・ホテル」という表現があるし、このような人は巣立ちしないので「巣の中にすわったままの人」と昔から呼ばれる。

日本ではこのような「パラサイト・シングル」が一千万人もいるそうである。彼らは外ではオトナであるが、帰宅するとコドモであったときの特権を手離さない。豊富なコヅカイで遊びまくり、結婚もしないしコドモもつくらないので、日本社会の少子化を推し進める「亡国の輩」として非難される。

ドイツ社会では離婚が多く、四組に一組大都市では二組に一組といわれる。離婚も、またその後いっしょの片親に新しいパートナーができるのも、コドモにとっては居心地のよいことではない。もし「パラサイト・シングル」があれば、それは幸せな家庭生活の結果と見なすこともできる。この点を、私はミヒャエルさんに強調した。

ドイツで現在、所帯総数の三分の一強が一人暮らしである。戦前、この割り合いが十分の一以下のであったので、一人で暮らす人は増えたのである。その結果、独り者にふさわしい小さなアパートは、もう何十年も前から不足気味で家賃が割高である。そんな事情から私は昔、部屋数が多くてコドモが何人かいる家族が住むアパートを借りて友人といっしょに暮らして、住居費を節約したことがある。

ドイツ社会で、日本の「パラサイト・シングル」と同じように保守派から「亡国の輩」扱いされているのは、一人暮らし所帯の結婚適齢期・独身者である。彼らも「シングル」という英語の呼び名をもらい、気楽で贅沢な生活をし、将来の年金を支える世代となるコドモをつくらない社会の寄生虫扱いされて非難される。

欧州諸国はどこも高齢・少子化社会である。でも出生率は国によってばらつく。ドイツは1.4で、欧州連合のなかでも低いほうである。もっと低い国があって、それはイタリアとスペインで、出生率は1.3台である。ちなみに日本も低く1.34だ。日独伊、またこれら旧枢軸国に近かったフランコ政権のスペインが現在低い出生率になったことから、この現象と「ファシズムの過去」の間に因果関係を推定する日本人に私は知り合ったことがある。

これに関して、社会学者からよく指摘されることがある。それは、結婚適齢期の男女が結婚しコドモをつくることがスタンダードになり過ぎて、その結果、他の性的関係が異端視される社会ほど出生率が低くなることである。確かに、出生率の低いイタリアもスペインもカトリックの伝統から結婚と出産が重要視されている。ドイツ人には、基準をつくりその順守を求める国民性がある。結婚も出産も個人の決断であるが、これが重要になり過ぎると心理的負担になり決断できなくなって出生率の低下を招いている、と説明される。

ヨーロッパでは、ミヒャエルさんや我が家のような伝統的核家族も健闘している。また離婚してコドモといっしょに暮らす人も、結婚しないで同棲する人、また別れて独身者に戻る人、結婚しないでコドモをもつ女性も、また一生独身を続ける人もいる。同性愛者同志が同居し、法的に婚姻関係を結んでいることもある。とにかく色々な形態の関係があり、これも価値観の多様性の反映で、どれかをとって正統扱いをしたり、異端視したりしても意味がないような気がする。

出生率が低くない北欧も少数派に対して寛容な社会である。昔出生率が落ち、現在1.9まで復帰したフランスもカトリックの国であるが、男女関係に関して自由な国である。このような事情を考えていくと、日本で出生率が落ちてしまったのもよく理解できるのではないのだろうか。

ヨーロッパ社会も近代を迎えて結婚から出産というパターンがスタンダードになった。日本の女性にも、とっくの昔にヨーロッパの女性と同じように結婚も出産もない自分の人生を想像して選択できる状況になっている。ところが、日本社会では同質指向が強いために、結婚から出産というスタンダードが気楽に越えられない一線になってしまっている。その結果、「パラサイト・シングル」と呼ばれる決断を先延ばしする人が増加した。私にはそのように見えてしかたがない。