「欧州どまんなか」 April 23, 2002
日本の「ママ・ホテル」長期宿泊客

美濃口氏の写真 美濃口 坦
ミノクチ・タン

1970年から京都ドイツ文化センター勤務。1974年ミュンヘンに移住。1980年から1991年まで書籍販売業。人生の大部分を通訳、翻訳、教師等で日銭を稼いで生きてきた「フリーター」先駆者。この数年来、日独のメディアに寄稿。訳書「比較行動学」(アイブル=アイベスフェルト)

 

前回、私は親もとから離れない人が少数ながらドイツにもいて、そのような家庭が「ママ・ホテル」と呼ばれると書いた。

日本のオカアサンは本当にやさしいのである。土曜日だけ日本の学校に通う私の子供たちもそのような印象を抱いている。日本人のオカアサンが怒鳴ったりするするなんて想像できない、と彼らは自身の母親と比べる。

本当はいろいろな母親がいるだろうが、「母はやさしくあるべき」とする社会的要請が日本では特に強いのではないのか。私は東京で数ヶ月ホームステイを体験した友人のお嬢さんを知っているが、彼女が感動すると同時に違和感を覚えたのも日本のオカアサンである。

彼女の交換相手の女子高校生は中学生の弟がいた。彼は帰宅すると自分の部屋から出ず、オカアサンが食事を運ぶルームサービス。ドイツ人の顔が見たくないのかと、彼女は最初とても気にしたそうである。炊事・洗濯・お掃除とオカアサンが一人で「ママ・ホテル」を切り盛りしていたことに彼女は感嘆し同時に何か悪いような気がしたという。

彼女の記憶に残る「ママ・ホテル」・三人目の宿泊客は大企業の部長を勤める父親であった。両親をファースト・ネームで呼び環境で育った彼女は、この人までもが「オカアサン」と叫んでいることに仰天する。

いつの日か、彼女のホームステイ先の子供たちは「パラサイト・シングル」に、おとうさんは「粗大ゴミ」と呼ばれながらも、オカアサンが元気な限り、将来居心地の良い「ママ・ホテル」の住人であり続けるかもしれない。

親もとを出るドイツの若者にとって、その理由の一つは恋人ができるからである。16歳でボーイフレンドができた私の女房は自分の家か彼の家で両親が留守になるのを待って事に及んだそうだ。でも、彼らがいつ帰ってくるか不安で、落ち着かなかったいう。若者にとって性的行動の自由を得ることは独立所帯をもつ大きな動機である。

この点、今の日本の「パラサイト・シングル」はどうしているのだろうか。一千万人全員が性的無関心で禁欲主義者であるとは考えにくい。恋人を「ママ・ホテル」に連れてきたらオカアサンのルームサービス攻勢でドイツよりずっと落ち着かないかもしれない。

こう考えると「ラブホテル」と呼ばれるインフラが日本でよく整備されていることの意味にあらためて気がつく。このおかげでは多くの人が「ママ・ホテル」と「ラブホテル」を行ったり来たりできて支障なく「パラサイト・シングル」であり続けることができる。そうではないのだろうか。

ドイツで、この種のインフラがまったく未発達なのは、男女関係の在り方が異なるからである。カップル志向が強くみえるのは、男女関係が二人だけの共同体で、潜在的所帯を共にすることだからである。この共同体に属する二つの居住空間を放棄して、一つにまとめたら同棲することになる。セックスもこの共同体内の行為である以上、このために「ラブホテル」へ行くことは、重要な国家行事を適当な場所がないために外国で催すようなもので、抵抗感があるのも当然ということになる。

またこの二人の男女からなる共同体は「愛」と称するはっきりしない感情の上に乗っかっているために、絶えず何か共通の関心とか、いっしょに行動することとかを繰り返して強調しないと崩壊する危険があることになる。東京にホームステイしたドイツの少女は日本の同年輩のカップルについて観察したことはこの事情と無関係でない。

彼女には、カップルが、例えば「手と手をからませて坐る」という恋愛映画の典型的場面を延々と長引かせて、お互いにほとんど話さず、恋人の役割を単に演ずるだけのようにみえた。ドイツの男女関係は、舞台の上で恋人の役割を演じるだけでない。舞台上の役割までもが議論の対象になるので、男女は演出家まで兼ねることになり、面倒なことになる。

ホームステイの家庭内でも、ドイツと比べて話すことが少なく、各々が役割を演じているだけと彼女には思われた。演出する可能性が設けられていない以上、コドモの成長にあわせて母親が自分の役割を修正するのが難しく結局「ママ・ホテル」になる。ホテルの客に似てあいさつするだけなら、「価値観の相違」とか「自由」とかいったドイツの若者が親もとを離れる理由が問題にならない。こう考えると日本の「パラサイト・シングル」は日本的男女並びに家族関係の反映で、「この頃の若者には自立心がない」といってもはじまらないのである。

私には、今でもドイツ式男女関係は苦手である。昔メカニズムが理解できず、いつも同棲した女性から難癖をつけられている気がしてよく悩んだ。でも今、日本の「ママ・ホテル」を想像すると、ドイツで小津映画の一場面を見るのと同じで、正直なところ私には懐かしくなり、またうらやましくなる。