「欧州どまんなか」 May 07, 2002
陰謀論が陰謀論をひきおこす
美濃口氏の写真 美濃口 坦
ミノクチ・タン

1970年から京都ドイツ文化センター勤務。1974年ミュンヘンに移住。1980年から1991年まで書籍販売業。人生の大部分を通訳、翻訳、教師等で日銭を稼いで生きてきた「フリーター」先駆者。この数年来、日独のメディアに寄稿。訳書「比較行動学」(アイブル=アイベスフェルト)

 

日本に、アンドレアス・フォン・ビュロー(64歳)というドイツ人など知る人はいないと思われる。彼は25年間連邦議員をつとめ、ヘルムート・シュミット首相の下で70年代国防政務次官、80年から82まで科学省大臣にまでなった社民党の政治家である。今は政界から引退して弁護士をしている。

「9月11日」のテロ事件以来、オサマ・ビンラディンを黒幕とする国際社会の通説に対して、異説が次から次へと生まれインターネットで世界中を駆け回る。過去の人ビュロー元大臣が時の人になったのは通説に異議を申し立てたからである。

事件後、世界中の人が色々な点に疑問を感じた。4機の旅客機がいとも簡単にハイジャックされたこと、パイロット経験が少ない人々が世界貿易センターに見事命中させたこと、ハイジャック判明後米空軍の対応おくれで「同時多発テロ」を許したこと、飛行機は延着するのに主犯格容疑者が飛行機を乗り換えるというリスクあるルートをあえて選んだこと、その他多くの疑問が「陰謀論」として抑えられて世論操作されていることにビュローさんは憤慨する。

歴史的には、陰謀論(conspiracy theory)は18世紀啓蒙時代にはじまったとされる。これは、秩序転覆と世界支配をねらう秘密結社が謀議し、至るところで目に見えない力を及ぼしているとする考え方で、万象の背後に神の働きを見る当時流行の汎神論に一脈通じる。陰謀論は、当時から啓蒙に反対する保守反動派のお得意で、秘密結社の役割を演じたのはフリーメーソンやユダヤ人であった。

陰謀論は複雑な現象を単純化するので、欧米社会では評判が悪い。またこれは反ユダヤ主義と結びつくので、特にドイツのメディアは陰謀論を極端に警戒する。それでもビュローさんのインタビューが新聞に掲載されるのは地味で誠実な政治家だったというイメージが彼にあるからである。

彼は容疑者がたくさんの足跡を残していることに「象の群れがジャングルを歩いたよう」と皮肉る。これも、彼が長年議会の諜報活動監視委員会にいた経験から、プロの秘密情報機関ほど国家の不法活動の痕跡を消すために偽の証拠をたくさん残すことを知っているからである。でも、彼はどこの国の秘密情報機関が関与したかについては沈黙する。

彼とは対照的に陰謀論の特徴を大胆に示す本が少し前フランスで出版された。著者のティエリー・メーソンはフランスでは「調査報道」の代表者とされ、彼の「おそるべき詐欺」はベストセラーになった。

この本のなかで「秘密結社」の役割を演じるのは米国の軍部やCIAに昔から巣くう軍国主義的右翼過激派である。「9月11日」はこの過激派がアラブテロリストを利用したヤラセ的事件になる。目的はブッシュ大統領を取り込んで操り、過激派好みの米国にすることにあったとされる。(あの時から確かに、米国は世界中の悪を撲滅する永久戦争をはじめる)。

1995年オクラホマ市のビルの爆破テロで168人が死亡したが、初動捜査ではアラブテロリストの犯行と見なされた。ところが、結局米国右翼過激派の単独犯行者が逮捕された。でも、事件にアラブテロの影を見る人々は跡を絶たない。とすると、「9月11日」に同床異夢の米過激派とアラブテロの連携プレーを推定することは突飛なことではないかもしれない。

こう考えると、CIA関係者がドバイの米系病院に腎臓病で入院するビン・ラディンを訪問したとする報道が意味深くなる。著者は、ブッシュ家とビン・ラディン家との密接な関係、(パイプライン敷設のために)米国が早い時期からタリバン政権を打倒してアフガニスタンの分割支配の安定化をもくろんでいたことなどもその仮説に組み込む。こうして、「おそろしい詐欺」は9月11日以来の異説的ニュースの集大成のおもむきがある。但し読みながら著者が関係妄想をわずらっている感じが時々するが、これも陰謀論の特徴である。

圧巻は9月11日ハイジャックされた飛行機が米国防省の内部犯行説である。根拠は、建物の破壊が、飛行機が飛び込んだと考えるには小さすぎること、また壊れた翼が写真に見えないことである。(でも、それならハイジャックされた飛行機とその乗客はどうなったのでしょうか)。

西欧的「正統と異端」の区別と無関係な日本人には重苦しい陰謀論も推理小説と同じようにみえる。だから私たちには、「秘密結社アルカイダ」がアフガニスタンの洞窟でテロの謀議をし、世界中にテロの網を張りめぐらしたとする通説も、はじめから古典的陰謀論のように思えた。ところが、米国の言動が多数のドイツ人に胡散臭くなるのは米大統領の「悪の枢軸」発言あたりからである。話がここまで来ると「ユダヤ国際金融資本=共産主義者」のヒトラーの陰謀論に似てくるためである。

陰謀論が陰謀論をひきおこす。この連鎖を断ち切るのは、私たちが「よくわからん」と自分にいいきかせて、関係のないことに巻き込まれないようにするのがいいと思われる。