「欧州どまんなか」 May 14, 2002
死後も国家の管理が続く国
美濃口氏の写真 美濃口 坦
ミノクチ・タン

1970年から京都ドイツ文化センター勤務。1974年ミュンヘンに移住。1980年から1991年まで書籍販売業。人生の大部分を通訳、翻訳、教師等で日銭を稼いで生きてきた「フリーター」先駆者。この数年来、日独のメディアに寄稿。訳書「比較行動学」(アイブル=アイベスフェルト)

 

私がヨーゼフ(仮名)君と知り合ったのはジョギングの途中で、ある時彼が道端で屈伸運動していたので私も横でまねすることにしたのがきっかけであった。

ドイツの代表的企業で財務を担当するヨーゼフ君は一度、自分が今は内勤をしているが、職場では「海外派遣部隊」に属すると冗談に語ったことがある。彼は今までも世界各地で勤務してきた。いつでも転勤できるように二人の子供もインターナショナルスクールに通わせている。奥さんもオランダ人で、ドイツで暮らすことに固執しない。

私がヨーゼフ君の秘密を知るようになったのは、自分が日本人だからだと思う。ある時彼の家で話しながら、私は部屋の中に奇妙なものがあるのに気がついた。書棚の一部に黒っぽい木箱が置かれて扉が開いている。中に趣味のよい小さな壷が入っていて、その前にロウソクが灯り、花が一輪いけてあった。

それを見て、形状も大きさもまったく違うのに私は日本の仏壇を思い出した。私は彼に自分の連想を語ると、ヨーゼフ君は「似たもので、母の命日で移動式お墓だ」と笑う。木箱の壺の中にあるのは灰になった母親の遺骨で、彼は日本人の私のほうがドイツ人よりこの事情を理解してくれるはずだといった。

彼のお母さんは十五年前に南ドイツの小さな町で亡くなった。その時、一人っ子で母の手一つで育ち海外勤務が多いヨーゼフ君は墓を設けるべきかどうかで思案したという。ドイツでは(少数の例外を除いて)土葬されようが火葬されようが、死体は一律に公営墓地に埋葬されるからである。

結局、国外での埋葬希望を市の埋葬局に届け、奥さんが見つけたオランダの葬儀屋に母親の骨壷を郵送させ、次に自分でそれを取りにいきドイツ国内に持ち込み、それ以来どこの国に赴任しても持っていくことができる「お墓」をつくった。ヨーゼフ君はそうしてよかったと思っている。

骨壷がオランダとドイツの間を往復しなければいけなかったのは、そうしないとヨーゼフ君は母親の遺骨を自分の手元におけないからである。法的には、遺骨がドイツ国内に戻った時点で届け出てドイツの公営墓地に埋葬してもらわなければいけない。ヨーゼフ君のしたことは、人迷惑にもならず処罰されないが、それでも違法行為である。だから、彼は「秘密」と呼んだ。またこれが違法なのは、1934年、ヒットラーの第三帝国下に発令された「埋葬法」が今でも有効だからである。

この「埋葬法」は、市町村の埋葬局・管轄下の公営墓地に死体を集めて、死後も人間管理を継続しようとするので、ナチ的国家イデオロギーの反映と法学者に解釈されている。だからヨーゼフ君は、ホロコースト犠牲者記念碑が設立されるのに、この法律が改正されないことが納得できないと憤慨する。

(イタリアを除いて)西欧諸国ではドイツのように公営墓地埋葬が強制されない。故人の希望で例えば自分の庭にに埋葬したり遺骨の灰を森や野原に撒いたりできる。

有名人でない限り、現代社会で死は、以前のように村や町といった共同体でなく、遺族と故人の友人・知人が弔う私的出来事である。ヨーゼフ君は、母親に友人がいたのでお墓を自宅に置いて独占することに当時少しためらったという。

死を社会の片隅に押し込もうとする傾向はどこの近代社会でも見られる現象である。この「死のタブー化」が特にドイツで強いのは、死が遺族・友人の弔う私的なものになってしまったのに、共同体的公共墓地埋葬を強制しているためである。その結果、ヨーゼフ君のように自分にふさわしい形で近親者の弔うことが困難になり、市町村の埋葬局に死者の管理をまかせてお墓をもたない人がどんどん増えつつあるいわれる。

日本には葬儀の前に遺族や友人が死者と時間を共にする「通夜」の習慣があるが、ドイツにはそれに対応する習慣がない。それは、国家による死者の管理体制が徹底しているので、死亡が判明した途端、市の埋葬局員が死体を取りに来て保管所に収容してしまうからである。病院で死んだ人は死体がそこから保管所に直行する。でもドイツも昔はこれほどせわしくなく、日本の「通夜」に似た風習が、都市では19世紀の中頃まで、地方では20世紀に入ってからも残っていたのである。

ドイツ社会では、現在このように死体が(日本のように)「遺体」になる間もなく国家の管理下に直行するために、死は形のないもの、単に思い出すもの、メンタルなものになってしまった。この状況は、死がもたらす痛みと喪失感の本当の克服によくないと警告する心理学者が跡を絶たない。

もともと死は不可解で不気味なもので、単に思い出すだけのものになった以上、それについて思わないですます「死のタブー化」に拍車がかかる。年取ることは死を思い出させるので、これは社会でいつまでも若いままでありたいと思う人が増えることを意味する。無理な願望をもつのは不幸せのもとである以上、このような社会になることはまずいかもしれない。