「欧州どまんなか」 May 21, 2002
山が退き、丘が崩れても、、、
美濃口氏の写真 美濃口 坦
ミノクチ・タン

1970年から京都ドイツ文化センター勤務。1974年ミュンヘンに移住。1980年から1991年まで書籍販売業。人生の大部分を通訳、翻訳、教師等で日銭を稼いで生きてきた「フリーター」先駆者。この数年来、日独のメディアに寄稿。訳書「比較行動学」(アイブル=アイベスフェルト) 

バックナンバー目次に戻る

 

サクソフォーンが奏でる洒落た曲が流れ、堅信礼を受ける子供たちが入場する。娘は髪の毛が黒いのでどこにいるかわかった。彼女が一番背が低い。少し前、夜遊びする娘に母親が「セックスをすると背が伸びなくなる」と警告していた。

堅信礼とはキリスト教・新教の成人式である。これはドイツ語で「コンフィルマツィオーン」と呼ばれる。このドイツ語は、日本で予約通り飛行機に搭乗する時の確認の「コンファーム」と同語源だ。親が赤ん坊のときに子供を洗礼させて、キリスト教徒の座席を予約した。成人した本人が予約通り教会にとどまることを「コンファーム」する。これが堅信礼である。

牧師の説教がはじまる。いつものことながら私は注意力散漫になる。そのうちにオルガンが鳴って賛美歌。隣にすわる義母が讃美歌集を私のほうに寄せてくれた。風邪をひいた彼女は蚊のなくような声でうたい、私は歌詞に目を走らせる。
でも、なぜ私はこんなところにいるのだろうか、、、、

妻の実家は牧師が何人も出たこともあって教会と縁が深い。そのため長男が一歳になった頃、妻が洗礼の話を持ち出した。日本人の多くは無宗教であるといわれるが、私もその一人である。私は最初、晩御飯を肉にするか魚にするか、尋ねられたような気がした。でも妻のほうにはまじめなようすがあり、私は「どっちでもいいが、肉料理にするか」といった調子で答えることができなかった。

その後、私たちは何度も議論する。洗礼がよいとする積極的理由は見つからなかった。事情を聞くと、子供の成長に害を及ぼすとも思われなかった。赤ん坊に洗礼などしないで、成人した本人に決断をまかせるほうが理屈にあっているように思われた。ただ妻のほうには自分が昔洗礼を受けたので子供にもそうさせたい気持ちがあった。でも、その気持ちは自分の通った幼稚園に子供を行かせたいと思う程度のもので、だから洗礼を受けさせることに固執しないと彼女はいう。

ある日、妻は、義母が「孫が洗礼を受けないと天国に行けない」と嘆いていると笑った。私も笑ってしまい、同時に妻が猛烈な圧力を受けていることを知る。私たちはまた相談し、結局息子に洗礼を受けさせることに決める。でも、私は妻の両親に何か理屈をいわなければ気がすまなくなった。

数日後、私は一人で妻の両親を訪問する。
子供の頃ピアノを習わなかった人が年取って始めるのは面倒である。宗教もピアノの稽古と似て、小さい頃に始めたほうがよい。ピアノを習わせるのは子供にチャンスをあたえることで、その意味で赤ん坊に洗礼を受けさせることはよい。ピアノの稽古を始めなかった人は後でピアノをやめる選択肢もない。宗教も同じことで棄教する前に入信していなければ棄教もできない。洗礼させることは子供の選択肢の数をふやすことでもある、、、そういった意味のことを私は話した。

若い頃神学を志した義父は、私が信仰とピアノの稽古を同列に置くことに驚き、反論したいようであった。でも、自分の妻が孫の洗礼をひたすら喜ぶので同調する。

こうして息子が洗礼を受け、私は当時、本当に水を息子の頭にぶっかけるのでカゼをひくことを心配した。下の娘も洗礼を受け、三年前息子の堅信礼があった。今年、十四歳になった娘に番がまわり、私は今妻の親族に囲まれて見物している。

堅信礼はクライマックスに近づく。子供たち半年前から週に一度教会で講習を受け、最後に一番気に入った聖書の文句を選ぶ。牧師が子供をひざまずかせ、選んだ聖書の文句を読みあげながらその子供の頭に手を置く。この瞬間子供たちが成人・キリスト教徒になる。

「悪に打ち負かされないで、善をもって悪を克服させよ」という文句が聞こえたが、後ろ姿しか見えないのでどこの子供かよくわからない。儀式はどんどん進行する。

「主いわく、山が退き、丘が崩れても我が恵みは汝のもとにとどまり、平和の盟約をこわれさせてはならぬ」
という意味の文句が響いた。突然、私はテレビで見たアフガニスタンの山奥を爆撃し、岩山を破壊する米軍を連想して不愉快になる。(後で、妻は私が考え過ぎであるといった)。

娘の番だ。「正しい道は、光がだんだん強まり昼間になる朝の黎明のごとし」。娘が選んだ文句に奇妙な連想をしないで済むので私は安堵する。

親族一同は、教会を後にして我が家までぞろぞろ歩く。妻が日本語で息子に出席者が増えたので肉料理のおかわりをしてはいけないと注意している。30人近い人々の接待の準備は面倒で、私はもっと妻に協力すべきであった。

子供たちが小さい頃、私も何度か教会へいっしょに行った。二人とも成人式を終えキリスト教徒になった今、私が教会を訪れることは将来あまりないように思われた。

バックナンバー目次に戻る