「欧州どまんなか」 May 28, 2002
「制服を着た市民」の終焉
美濃口氏の写真 美濃口 坦
ミノクチ・タン

1970年から京都ドイツ文化センター勤務。1974年ミュンヘンに移住。1980年から1991年まで書籍販売業。人生の大部分を通訳、翻訳、教師等で日銭を稼いで生きてきた「フリーター」先駆者。この数年来、日独のメディアに寄稿。訳書「比較行動学」(アイブル=アイベスフェルト)
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「制服を着た市民」の終焉

息子がニュージーランドに行っている頃だから一月近く前のことである。

朝、郵便物を眺めると息子宛ての手紙がある。私信でもなく、何か買ってお金を払わず督促状をもらったのかと心配になりあける。

「、、、18歳になった男性には兵役の義務が生じる。兵役義務を負う者の登録1年前に、、、、」

という文句がねぼけ眼にとびこみ、私は仰天する。確かに我が息子は17歳の誕生日を迎えたところだ。

私は狼狽し「徴兵」とか「赤紙」といった昔聞いた日本語が脳裏にうかぶ。昔ドイツ語を習いはじめた頃のように、その後に続くドイツ語の文章が頭の中になかなか入ってこない。でも読むと、息子の住所や生年月日等の記述に変更や誤りがあれば届け出るようにとだけ書いてあった。

台所にいた妻に、私はドイツの責任だといわんばかりに手紙をわたした。彼女は読んで「まだ先のことで、その頃まだ兵役義務があるかもあやしい」と平然としている。私も気を取り直して数日前の新聞に兵役義務を廃止すべきかどうかの議論がでていたのを思い出した。それは、ドイツで違憲・合憲を判断する憲法裁判所が兵役義務を合憲とする判決を短期間に二度も下したからである。

一方は、「男性だけに兵役義務があるのは男女同権に違反せず合憲」という判決であった。他方は、国際環境が変化した現状で個人の権利を制限する兵役義務を違憲とする見解に関してである。判決は、憲法で定められた兵役義務は国際環境の変化と無関係で、だから憲法裁判所の判断の対象にならないとするものであった。この判決は立法者にバトンタッチするもので、冷戦終了後何度か繰り返された兵役義務廃止の議論に今後拍車をかけるものと見なされている。

かって冷戦下の「前線国家」であった西ドイツには50万人の自国兵士が国土防衛に従事し、その半分は兵役義務を果たす普通の市民であった。冷戦終了で国防の必要度が低下して、兵員総数が30万に、兵役義務遂行者の割り合いは三分の一以下にへる。冷戦下18ヶ月も続いた義務期間もだんだん短縮し、今年から9ヶ月になっている。

また軍隊の仕事も国防と無関係な軍事紛争予防・阻止のための海外派兵になった。このような国際社会の「警察官」の仕事に素人のインスタント兵士は適切でなく、装備も兵士もこの新しい目的に合わせてスリムで動きやすい軍隊をつくるべきだと主張する人々は少なくない。

国家の男性成員の兵役義務はフランス革命とともにはじまり、近代国家の重要な原則である。現在欧米の多くの国は兵役義務を廃止し職業軍人だけの軍隊になったが、これは昔の傭兵方式にもどることでもある。

戦後西ドイツは自国の兵士を「制服を着た市民」と呼んだ。これは、戦争をして欧州の嫌われ者になった自国軍隊が自由世界防衛のための軍隊に生まれ変わり、プロシャ軍国主義と訣別したことを表明する宣伝文句のようなところがあり、兵役義務は昔からあるのに市民が兵士であることを強調した。どこの国でも兵舎の中は一般社会から隔絶しているので普通の人はこの表現を実感できず、政治家が好んでつかった。

とはいっても、普通の市民が軍隊にいると不必要な戦争をしないかもしれない。ドイツで今兵役義務廃止に反対する人の懸念もこの点にある。でも必要がない以上、廃止の道を歩み、スリムで動きやすい軍隊に変わることは避けられない気がする。

こうしてフランス革命以来の近代国家の原則を変える以上発想の転換も必要である。国際社会の「警察官」になる以上、例えば従来の「防衛」概念も見直されなければいけない。今や目に見える国境線を守るのではなく事情がわからない地域に派兵する。単純に自国の代わりに「文明世界」を防衛したりすると人迷惑になることも多いのである。

話は飛ぶが、私は兵役の義務もないし「国防」概念も希薄な日本の戦後に育ち、まったく正反対のドイツに来て今に至る。はじめ面食らったドイツ人の考え方もだんだん理解できるようになる。それとともに、隣国を脅威と感じなかった日本にいた頃自分の意識をノンキだと思ったり、「集団安全保障」とか「国際貢献」といった考え方に馴染まない憲法九条に対して批判的になったりした。

ところが、私は昨年9月11日以来ドイツを含めて欧州の政治家が米国という超大国にいかに抵抗できないかを見物した。国際社会から少々文句をいわれようが、「世界の警察官」が直々つくってくれた憲法を後生大事に神棚にかざっておくほうが日本には厄除けになるのではないのだろうか。欧州と異なり、東アジアは不安定要因があるのでそのほうが無難な気がする。このように私の心境は今変わりつつある。

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