「欧州どまんなか」 June 04, 2002
「壁」をこわそうとしてつくってしまう男
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1989年の夏、世界中の人々はテレビの前で感動的場面を見た。プラハの西ドイツ大使館の塀をよじ登る東独市民。西側へ逃げていく群集。これは「ベルリンの壁」の崩壊につながる。ドイツ人医師ノルベルト・フォラツェン先生は「あの時の感動をもう一度」と考えておられるようである。

3月14日25人の北朝鮮住民が亡命を求めてスペイン大使館に逃げ込んだ。4月25日のドイツ大使館、5月7日の瀋陽の日本領事館、その後も中国にある米国やカナダや韓国の外交出先機関で同じ事件が起こっている。

フォラツェン先生は、これらの事件の幾つかを組織したグループのスポークスマン格で、スペイン大使館事件後ドイツ放送局とのインタビューで次のように語る。

「昨年11月ロンドン行きの飛行機の中ではじめて、北朝鮮難民に大使館に逃げ込ませるアイデアが浮かんだ。こうして、あの時東独市民がプラハのドイツ大使館を占拠しして起こったような難民の流れをひきおこす、、、、、歴史を繰り返し、歴史的アピールを強調するためにドイツ大使館を目標にした。ところが、当日EU委員会の使節団の訪問があったことや、、、、ナカマに入れた日本のメディア関係者がうっかり情報をもらしたらしくドイツ大使館はいつもより警戒厳重になった。そこですきだらけのスペイン大使館に急遽変更した」

瀋陽の日本領事館事件の後、日本は演出者の崇高な「歴史的アピール」と無関係な議論ばかりした。これはフォラツェン先生にとって残念なことであったかもしれない。

このドイツ人医師は、ゲッティンゲンで開業をしていた頃の1998年、裁判中おもちゃのピストルを振り回し、退場を求められと今度はわざと階段から飛び降りてけがをした人として知られている。彼の説明によると、この行動は「ドイツの医療システムの不正に抗議するため」であったそうだが、彼と運動を共にした人々は当時この振る舞いにとても失望した。

翌年1999年7月、フォラツェン先生は人道援助組織「カップ・アナムーア」の医師として北朝鮮へ行く。ドイツの病院や、インド洋モルディブで裕福なバカンス客相手の診療所で医療活動をした彼の眼には、北朝鮮は「ナチの強制収容所」の地獄絵にしかみえない。

到着して間もない頃、フォラツェン先生は手術を受ける火傷患者に自分の皮膚を提供する。この献身的行為で、彼は北朝鮮政府から「友好メダル」を授与される。この結果外国人としては比較的自由に国内を旅行することができた。翌年、彼は訪朝したオルブライト米国務長官の同行記者団を平壌のスラム地区に案内して当局の逆鱗にふれ国外退去を命じられる。

この結果フォラツェン先生は、米議会の公聴会で証言するなど欧米のマスコミでも重宝がられる「北朝鮮通」になる。彼の著書「北朝鮮を知りすぎた医者」は本国では未刊で私は読んだことがない。AICの代理心得堂・矢部万紀子さんがこの本を読まれ、次のように驚いておられる。

「著者以外に『名前』のついている人がほとんど出てこない。、、彼の置かれた状況そのものがよく見えない。どんな人が通訳し、受け入れ先の病院にはどんな医者がいて、そういう日常的な人々と、どんな日常会話をしたのかなどがわからないから、よく見えないのだ」(June 27, 2001)

これは鋭い指摘である。ナチの強制収容所にも、外にいる人には見えないが、中にいた人々にも「日常」があったのである。フォラツェン先生は滞在中「北朝鮮」の中に入るのが本当は不安で、欧米人が外から抱く「北朝鮮=ナチの収容所」のイメージにしがみついたのではないのだろうか。だから「彼が北朝鮮について語ることは今まで聞いたうわさの域を出ない」と辛辣に評するドイツ人ジャーナリストもいる。

スペイン大使館事件後の3月29日、「朝鮮日報」の記事に北朝鮮・中国国境について次のような一節がある。

<、、、30年間、国境地帯で暮らしてきた中国朝鮮族の李ギョンイル(仮名)さんは「今まで、これほどまで中国と朝鮮、両方で大々的取締りと恐怖感が造成されたことはなかった」とし、「今回の脱北事件を両国とも厳重に受けとめているようだ」とはなした。>

記事は、北朝鮮から中国に出稼ぎに来て国境閉鎖で戻れなくなった人々の絶望にふれる。飢餓で逃げてくる人もいるかもしれない。でも、この国境の現実は複雑で、欧米人の「難民」概念にはてはまらないところがあるのではないのか。

フォラツェン先生は「壁」をこわそうとしてつくってしまう男かもしれない。「ベルリンの壁」の崩壊もその前に20年以上に及ぶ地味な外交努力があったから無血で進行した。

彼はブッシュ大統領の「悪の枢軸国」発言を歓迎する。これで北朝鮮という「強制収容所」が国際社会の注目をあびるようになったからである。人々の関心が増すことに異存はないが、複雑な現実と無関係にイメージばかりが国際社会を一人歩きして、政治までがそれに引っぱられることを私はおそれる。

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