「欧州どまんなか」 June 11, 2002
サッカーと核戦争の恐怖
美濃口氏の写真 美濃口 坦
ミノクチ・タン

1970年から京都ドイツ文化センター勤務。1974年ミュンヘンに移住。1980年から1991年まで書籍販売業。人生の大部分を通訳、翻訳、教師等で日銭を稼いで生きてきた「フリーター」先駆者。この数年来、日独のメディアに寄稿。訳書「比較行動学」(アイブル=アイベスフェルト)
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「日本がサウジアラビアのように大敗したら、せっかく上がりかけた兜町の株も急落するし、日本国民はサッカーが自分達に向いていないスポーツと思うかもしれない」と私は心配してみせる。地元の「南ドイツ新聞」地方版担当記者は、ドイツが「8対0」で大勝した話なので満足げな顔をする。

彼は前の晩「日本のサッカー」について私と話をしたいと電話をよこした。日本で野球と相撲が盛んであるとか、Jリーグができてサッカーも人気上昇とか、もうドイツの新聞が何度も書いていることを私は話す。この場合、発言内容より日本人が話していることが重要なのである。

ドイツ人はサッカーとなるとヨーロッパと南米が本場で、アジアは本当に程度が低いと思っている。私は日本が昔メキシコ・オリンピックで銅メダルをとった話をするが、彼はメモしない。この話は彼の記事のコンセプトにおさまらないからだ。彼をはじめ多くのドイツ人は、ヨーロッパがサッカー普及のために「サッカー途上国」・韓国と日本に世界選手権を開催するチャンスをあたえたと思っているのである。

また話がドイツ・チーム・大勝利の話にもどる。この試合では、身体の大きいドイツ選手が体力に物をいわせているうちにサウジアラビアが戦意を失い、8点も入ってしまった。息子と私がテレビで見ていると、妻のところにあそびに来た昔の同級生が顔をだす。「6−0」のスコアを見て、彼女は「反女性的なサウジアラビアの男がコテンパンに負けていい気味」という。それを聞いて、私はアフガン戦争時の「反タリバン・キャンペーン」を思い出して不快になる。彼女は80年代平和デモに参加し、また落選こそしたが、少し前私が住む町の市会選挙で「緑の党」からリストアップされた。

一時間ほどして南ドイツ新聞の記者は帰る。ドイツの放送局は実況中継するゲームを限定しているので、私は「日本対ベルギー戦」を見ることができない。時計を見ると、もう試合ははじまっているではないか。未練がましくテレビをつけると、若いベッケンバウアーが走っているだけであった。あきらめて、私はコンピューターでメール・チェックをはじめる。そのうちに、私はインターネットでスイスの新聞記事を見つける。

前日、新聞の第一面のトップにワールドカップ開会式のカラー写真と「サッカーは世界を一つにする」という大きな見出しがあった。その記事の下に「欧米諸国はインドからの退去を自国市民に勧告」という記事があった。もうかなり前から、カシミール紛争がエスカレートして、パキスタンとインドの間ではじまる核戦争の懸念がささやかれている。このように、欧米人は逃げ足が早いのである。

私が読みはじめたスイスの新聞記事もこのテーマを扱っていた。冷戦時代の米ソ間には恐怖の均衡状態が成立していた。これは、決闘者がほどよい距離でピストルをもって向かいあう状態に似ている。米ソには相互に猜疑心があったかもしれない。でも、敵を全滅させる先制攻撃の誘惑にかられる状態をつくるべきではないと考える点で、両国にはコンセンスがあった。だから奇妙な軍縮交渉があり、紛争も自国から遠い国での代理戦争をするだけで核戦争にはならなかった。

この冷徹な合理主義の上にのっかった核の抑止効果がインド・パキスタン間では発揮されないと、スイスの新聞は心配する。両国は過去に何度も戦争をして感情的になっていて、現在もすでに小競り合いのドンパチがはじまっている、、、、

私は日本対ベルギー戦が気になりだす。記事を開いたままアサヒ・コムに行くと「日本xベルギー、0−0」とある。「実況中継中」をクリックすると、「後半6分。 右サイドからワレムがFK、、」。観戦記でテレビのように見えないのに失望。スコアボードを開けたままにして新聞記事に戻る、、、

スイス人記者はパキスタン・インドで抑止効果が発揮されない要因を情け容赦なくあげる。両国の関係が近親間の憎悪に近い。また、アジア人が理性的でないと記者は思っているようだ、、、

オンラインのスコアボードは「0−0」のままである。これは自動的に変わらないのかもしれない。そう思って、私は「更新」ボタンをクリック。「2−1」、日本がリード。観戦記を見て私は状況を瞬時に把握。胸がドキドキする。私は何度も「更新」をクリックするが、スコアは変わらない、、、

あきらめて、私はまた新聞記事を読みつづける。記者は「ボンベイが核で破壊されてもパキスタンを屈服させる」と豪語するインド・退役将軍の発言を引用する。私は不安をおぼえる、、、でも、またサッカーが気になり「更新」をクリック、、、

たいへんだ。ベルギーが追いついて「2−2」。私はまた新聞記事を読みつづけるが、もう集中できない。その後は読みながら10秒毎にクリック、、、とうとう同点のまま「試合終了」の表示が出る。私は安堵するが、今度は日本が勝たなかったことが残念になる。そして何の根拠もないのに、ワールドカップの期間中は核戦争にはならないような気がした。

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