「欧州どまんなか」 July 02, 2002
欧州に殺到する移民
美濃口氏の写真 美濃口 坦
ミノクチ・タン

1970年から京都ドイツ文化センター勤務。1974年ミュンヘンに移住。1980年から1991年まで書籍販売業。人生の大部分を通訳、翻訳、教師等で日銭を稼いで生きてきた「フリーター」先駆者。この数年来、日独のメディアに寄稿。訳書「比較行動学」(アイブル=アイベスフェルト)
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ドイツのニュース週刊誌「シュピーゲル」先週号の特集は「殺到する移民・ガードを高くする欧州」だった。というのは、不法入国者対策が先週スペインのセビリアで開催された欧州連合(EU)の首脳会議の最重要議題であったからである。

当日、ドイツのシュレーダー首相とフィッシャー外相が昼食会を中座し、並んですわってワールドカップのドイツ対米国の試合をテレビ・観戦。ドイツ選手のゴールに両手をあげてよろこぶ姿が夕方のテレビニュースにうつっていた。

多数の人が貧しいアフリカ、中近東、東欧、アジアを後にして何とか豊かな西欧社会の中にもぐり込もうとする。例えばアフリカ大陸が一番近くなるジブラルタル海峡の向こう側では、夜間ゴムボートで渡ろうと待機している人が常時数千人いるといわれる。このゴムボートの外側の席は千ドル、内側にすわると五百ドル割増しになる。というのは、この水域をたくさんの貨物船が航行し、その度に波が高くなり、端の席にすわる人は海に落ちることが多いからである。この海峡が第一の密入国ルートである。

第二のルートはトルコを通過してバルカン半島に入る。そこで、北上してオーストリアに入る陸路と、アルバニアからアドリア海を渡ってイタリアへむかう海路に枝分かれする。第三のルートはトルコもしくはシリアからエーゲ海を経由してイタリヤやフランスに渡る。第四はロシア・ウクライナからポーランド・ドイツ国境のオーデル・ナイセ川を渡るルートである。

日本にも密航者が来る。検挙人員が毎年千人を境にし増減する程度であるが、「欧州の砦」に通ずるルートではどこでもその数が十万人を目安に上下する。(英国などを除いて)EU加盟国に入れば後は域内移動が自由になる。でもこの外壁をこえるために密入国斡旋業者の世話になって数十万円、また百万円といった金額が支払われるといわれる。

また道中危険が多い。2年間前、冷凍トラックの中に隠れてオランダからイギリス・ドーバー港へ渡ろうとした中国人密航者58人が窒息死した事件があった。(これは当時衝撃的事件であったが、死体が56頭のイルカならもっと多く人々が騒いだと憎まれ口をたたく人がいた)。こうして年間千人以上が西欧社会にもぐりこめずに命を落とすと推定されている。

EU全体で毎年50万人が不法入国に成功する。国境でつかまっても政治亡命者や難民としての認定を申請することができる。本当に認定される人は少ないが、人権が強調されるので何らかの形で滞在できることが多い。亡命申請者だけでもEU全体で毎年約40万人いる。また不法滞在外国人も出身国と引渡し条約を締結していなければ送還もできないし、パスポートが捨てられると出身国ば特定できず帰国してもらうこともできない。いざとなれば行方不明になればよいといわる。

このように成功率が高く、貧しい地域と豊かなヨーロッパとの間の賃金格差が大きいので、高額な投資をしてもまた死の危険を犯しても決行する価値があることになる。

不法入国者・労働者のは地下経済と法治国家の空洞化を意味する以上、EU諸国の首脳は取締り強化や入国管理データ交換をすることに合意した。これは不法移民の流れをできるだけ制限・コントロールすることがその目的である。

この二、三年来、ドイツを筆頭に欧州諸国のなかには、米国にならって移民政策を積極的に展開し、貧しい国から知識と能力のある外国人エンジニアを迎えようとする傾向が見られる。

ヨーロッパの多くの町で、低い所得層に属する単純労働者の外国人が特定区域に居住する現象が見られる。近くに住む貧しい人々がこれに反発し、この反外国人感情に保守層の一部が共鳴し極右政党が票を伸ばすパターンが多い。(不法移民の流れは外国人に「犯罪者」のイメージをつけくわえて極右政党の宣伝に利用されることはいうまでもない)。

この状況で、ハイテク技術を駆使する外国人が欧州に移住し経済の活性化に寄与する。愛国主義的傾向のある保守層に別の外国人像が浸透し、極右が孤立する。こうして、ヨーロッパ人と外国人が共存する「多文化社会」が前進するというのがこの新しい移民政策のシナリオでもある。

でも、地球規模の富の偏在があって豊かな西欧社会に外国人労働者が定住するようになった。この富の偏在が更に進行して現在の不法移民の流れになった。そこで貧しい地域から優秀な人材をヨーロッパに集めたら地球規模の富の偏在は今以上に進行し、不法移民の流れももっと強まるのではないのだろうか。

専門家のなかには、海外線も国境線も長いので、取締りを強化しても密入国者の流れは止めることができない、せいぜい密入国斡旋業者のもうけも、途中で死ぬ人の数も増えるだけと考える人が少なくない。地球規模の富の偏在を少しでも是正しようとしない限り、ヨーロッパの中だけの「多文化社会」も人権尊重も難しくなる日がいつか来るかもしれない。

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