「欧州どまんなか」 July 16, 2002
ドイツの本屋さんと山口百恵

 

美濃口氏の写真 美濃口 坦
ミノクチ・タン

1970年から京都ドイツ文化センター勤務。1974年ミュンヘンに移住。1980年から1991年まで書籍販売業。人生の大部分を通訳、翻訳、教師等で日銭を稼いで生きてきた「フリーター」先駆者。この数年来、日独のメディアに寄稿。訳書「比較行動学」(アイブル=アイベスフェルト)
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本屋さんで、店員が「我が家の庭にどんな苗木を植えたらよいか」という疑問に答える本をさがすために半時間もお客さんの相手をしていたという。「ドイツ人は買う本ぐらいは自分で探せばよいのに」と近所に住む日本人の女性があきれた。

その通りです。レジにすわって万引きを見張っている日本の本屋とちがって、ドイツの本屋さんはお世話焼きなのです。昔本屋だった私は少し恐縮した。

本屋に入ったあなたに女性店員が近づく。あなたが深刻な顔して「若い愛人ができて、、、」と口ごもる。その途端、愛人との別れ方、離婚についての法律や心理学の関連書、離婚後の育児についての教育学関係の本まで数冊の本を、迷うことなく書棚から取り出してあなたの眼の前に置いてくれるはずである。これほどドイツの本屋さんは商品知識が豊かである。

私は1980年代本屋さんだった。そうなったのは、本が野菜や魚と異なり腐らないし、せっかちな技術革新もなく、本好きの私が商品知識をもつ唯一の業界だったからである。

ドイツでは、出版社と小売りがいっしょになって中世のギルド的協会をつくっている。この国で普通何年も職業教育を受けて本屋になるが、横滑りして本屋になる人のために最低限度の知識を二週間で詰め込んでくれる講習会を協会がやってくれた。それに私は参加する。

注文の仕方、在庫管理、店舗の飾りつけ、経営学基礎知識、朝から晩まで授業が続く。十人足らずの参加者が人里離れたホテルにカンヅメにされたので親しくなった。

本屋さんになろうとする人々は商売と縁遠い世界に住んでいる。二日目、私がそう思ったのは、私以外の参加者が「損益分岐点」という用語を一度も尋ねたことがなかったからである。私の同室者は北ドイツの町で「自然治療」関係の本屋を開店すると張り切っていた。話を聞きながら、彼には「自然治療」の普及のほうが本を売ることより重要であるような気がした。

ドイツの本屋さんの商品知識が豊かなのは、日本とは異なり買取り制で、売れなければ困ってしまうからともいえる。彼らも売れたらよろこぶが、売れず在庫をかかても不幸な顔をしない。彼らが売れない本を紙屑と考えないのは、本に価値があると心のどこかで確信しているからである。また立ち読みはタダ読みでなく、本の価値を認めることで、彼らは厭な顔しない。

ある時、熱心な女性同業者と話しているうち、本の陳列の仕方が話題になった。彼女は「どの本にも買いたい人がいて、本はその人を待っている。その気持で本を並べる」といった。日本から戻ったところだった私は、滞在中よく聞いた百恵ちゃんの「ああ、日本のどこかに私を待っている人がいる」という歌詞の一節に彼女の発言が似ていることに気がつく。

協会が毎年発行する「納入可能な書籍目録」に百万点の本がでている。注文したらほぼ入手できるので、この数の本が絶版にならず流通していることになる。ドイツでは本屋の数より出版社の数が多いが、これは全国津々浦々小さな出版社があるからである。例えば、私の同室者は本屋になり、その後「自然治療」関係の本を年に二点か三点出版するようになった。本を出してあまり儲からなくても損をしないのは、この流通経路にのっかって、いつか完売できるからである。このような事情から、ドイツの年間出版点数は昔から日本よりはるかに多い。

大手の出版社からは年に二度、新刊紹介と注文取りのために人が派遣されてきた。最近訪日したラウ・ドイツ大統領は若い頃この仕事をしていた。彼の演説の格調があまり高くないのは、本の内容を学校の先生のように本屋に説明する昔の職業と無関係でないかもしれない。

最初違和感をおぼえた私も同業者がいつか好きになった。

90年代に入ってから、ドイツの本屋さんもかなり変わったとされる。小売りの大手が主要都市で売り場面積が6千平方メートルに及ぶ店舗を次から次へと開店したからである。ドイツの本屋さんはお世話焼きなところがあるせいか普通の人には敷居が高いといつもいわれた。この「本のデパート」ではコーナーでコーヒーが飲めて、本と無縁な人も入りやすい。

最近、「出版・書籍業界の危機」が新聞で伝えられる。昨年大手出版社が売上げを減らし、ユーロ導入による買い控えも手伝って下降線が続く。「本のデパート」も売上げを数パーセント減らし人員カットに踏み切ったという。但し「大手でない本屋さんは矛盾した発言をするので、動向が把握しにくい」と記事にあった。ここで、私は少し笑ってしまう。

ドイツの本屋さんの危機とは、昔から文化が衰退し本を読む人がいなくなることである。この危機感と比べれば、書棚の中の、彼らにとって価値ある本の減り方が少々おそくなっても、たいした「危機」でないかもしれない。

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