「欧州どまんなか」 July 23, 2002
韓国と西ドイツ

美濃口氏の写真 美濃口 坦
ミノクチ・タン

1970年から京都ドイツ文化センター勤務。1974年ミュンヘンに移住。1980年から1991年まで書籍販売業。人生の大部分を通訳、翻訳、教師等で日銭を稼いで生きてきた「フリーター」先駆者。この数年来、日独のメディアに寄稿。訳書「比較行動学」(アイブル=アイベスフェルト)

 

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朝鮮半島というと、ドイツ人はどうしても昔の東西ドイツ分裂を思い出すようである。北朝鮮脱出者が中国所在の外国大使館に駆け込む事件は今も続いているが、この事件の報道でも、昔の自分と比較してしまう。

その一つは韓国が必ずしもすべての北朝鮮亡命者を受け入れていなかった点である。というのは、西ドイツは冷戦時代東ドイツから国境を越えて逃げて来た人だけでなく、反体制運動家もまた普通の出国希望者も、東ドイツ市民を無条件で引き取って国籍をあたえた。こうだったのは、西ドイツが、当時の憲法にあるように、自国を、民主的手続きを経た唯一の正当性をもつドイツ国家と考えていたからである。

ところが、韓国は類似した憲法をもちながら、この点でドイツと違った。面白いのは、この事情が韓国の世論にあまり知られていなかったことである。瀋陽・日本領事館に駆け込んだ人々は米国への亡命を希望した。それを米国が無視したことから、韓国の新聞は米の二枚舌・人権外交を猛烈に非難する。これは灯台下暗しで、その頃から韓国大使館に亡命を求めて追い返された北朝鮮脱出者が何人も出て来たからである。

とはいっても、派手に大使館にかけこむのでなく、こっそりと亡命申請して韓国入りした脱北者も昨年段階で千八百人にも及ぶ。ということは、韓国は亡命申請を受理したことも、拒絶したこともあることになる。この事実が判明して韓国政府は「亡命希望者を今後全部引き受ける」ことを約束させられた。なぜ韓国はこの点でドイツとちがっていたのだろうか。

韓国の新聞は、現在到着する北朝鮮脱出者のなかに中国国籍をもつ朝鮮族が混じっていることを、「この際仕方がない」という感じで指摘している。とすると、亡命を受理しなかった韓国大使館はこの点を警戒していたのかもしれない。でも、あまり調べもせず追い返したところを見るとこれだけが原因と見ることはできないような気がする。

韓国を当時の西独と比べて、まず眼につくことは北朝鮮の国民に対する感情レベルでの疎遠さである。これも歴史的経緯を考えれば当然のことであるが、今後厄介な問題になる。

ドイツのほうは1871年統一後、二十世紀に入って二度も大きな戦争をして、その挙句分割占領になり、そこから東西分断国家が生まれた。西ドイツから見れば、東側がソ連に占領されて住民が捕虜にされてしまったようなものである。でもこう考えるのは、分断状態が自業自得になりかねないので、途中からそう思わないことにする。でも、戦争が国民のつながりを強め、東西ドイツ住民はいっしょに戦争した仲であり、このことを体験した年長世代が核になって1990年の統一にこぎつけることができた。

反対に、南北朝鮮はいっしょに戦争をしたかもしれないが、不幸なことにお互いに銃を向け合ってしまった。これは国民意識のどこかに大きな傷跡を残すと想像される。現在も軍事的緊張度が高く北朝鮮は警戒すべき相手である。韓国が西ドイツのように亡命を受理しなかったことはこの状況と無関係でない。

どこの国でも国民意識の大部分を占めるのは外に向かっての対抗心・反発心である。でもこれだけであると思春期の青年に似て自国も他国も見えなくなることがある。西ドイツには反発心だけでなく「自由な民主主義国家」「欧州統合」とかいった国家規定があり、東西ドイツが接近・統合するのに役立った。

韓国の新聞を読むと米国にも日本にも中国にも、また北朝鮮にも反発心が強い。外国は、韓国から怒られる役割か、そうでなければ韓国をほめる役割しか与えられていない感じがした。これは、韓国に戦後西ドイツにあった国家規定が欠けているためではないのか。21世紀は19世紀でないので、同一の歴史や文化を強調するだけでは足りない。また経済主義だけでは、北朝鮮脱出者は物乞いに来る人々という意識になるしかない。今回、到着した北朝鮮脱出者が(予想に反して)自国の「裕福な中産階級」のようだったことに失望する新聞の記述を私は眼にした。韓国国民は今後難問に直面する感じがする。

冷戦下の東独はソ連軍が駐留して軍事的にも、また政治的にも東側に組み込まれていた。東西の対立が終わり、統一とはその対立の一部である「ドイツ問題」の解決であった。東独と異なり、国際的に孤立し、経済が機能しない現在の北朝鮮は危険で、欧州から見ると野に放たれた手負猪の感じがする。

唯一の安定要因は中国と北朝鮮の友好関係である。人権団体と韓国の一部マスコミは、中国に北朝鮮脱出者の難民認定と収容施設建設を要求したが、人権志向の強いドイツ人記者も今回は同調しなかった。冷戦を思い出し、政治的思考能力を回復した彼らには、この要求の実現は北朝鮮をさらに孤立させ、不安定要因をつくると感じられたからではないのだろうか。

南北朝鮮のテーマと直接関係がないが、多数の密航者や亡命者を出している中国に難民収容施設をつくるのは、「パンドラの箱」を開けることに似ているかもしれない。

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