「欧州どまんなか」 July 30, 2002
チューリンゲン・ソーセージと「コンクリート列島」

美濃口氏の写真 美濃口 坦
ミノクチ・タン

1970年から京都ドイツ文化センター勤務。1974年ミュンヘンに移住。1980年から1991年まで書籍販売業。人生の大部分を通訳、翻訳、教師等で日銭を稼いで生きてきた「フリーター」先駆者。この数年来、日独のメディアに寄稿。訳書「比較行動学」(アイブル=アイベスフェルト)
バックナンバー目次に戻る

 

道路の右側に大きなガソリンスタンドがあり、昔の東西ドイツ国境線の監視塔が洒落たキオスクに改造されていた。ここで私たちは旧東独・チューリンゲン州に入ったのである。目的地まであと八十キロ。私たちがこんなところをドライブしているのは、ワイマールの近くの町に住む妻の友人が誕生日を祝い、私たちも招待されたからである。

妻の母親とこの友人の母親は戦時下徴用された軍需工場でいっしょであった。これが縁で、妻は子供の頃、「鉄のカーテン」のかなたの少女を文通相手として紹介された。二人の手紙のやりとりはドイツ分裂が終わるまで続く。

なだらかな起伏の森と牧草地が続き時々小さな町が現われる。統一前の80年代中頃、私は友人とミュンヘンからワイマールにむかってこの辺りを汽車で通った。当時窓から見える建物は荒廃して、初夏だったのに自然の緑まで鮮やかでなかった。今や道路も建物も東側のほうが以前の西ドイツよりきれいになってしまった。運転席の妻は驚きの声をあげる。

感心して眺めていると民家のつくりが私の住む南ドイツとちがうのに気がつく。屋根は雪が積もらないように尖がり、壁には薄い瓦のようにみえる石板が全面に貼りつけてあり、冬が厳しいこの地域の伝統的建て方と思われた。住民は金と手間をかけて昔通りの家にしたのである。私は、統一後インフラ整備でたくさんのお金が西から東に流れたことに今一度気がつく。

長距離ドライブとなるといつも妻が運転するが、助手席の私は道を間違えないように地図を眺め、話が途切れないように気をくばる。私はワールドカップの開催中、ドイツの新聞にあった日本についての記事を思い出す。タイトルは「着実な自己破壊」で、当時読みつづけるのがいやになった記事である。私はこのことを妻に話すことにする。

「日本は、美しい庭園や洒落たデザインがあって国民の美意識が高いとされるのに、なぜこんなに醜い国なのであろうか」という文章で、記事ははじまる。日本はどこを見てもコンクリートだらけで、「汽車のなかには『外を見ると憂鬱になるので注意』と表示されていないことが不思議だ」。どの川も護岸工事でコンクリート壁の間を通過する水路になり、海岸もどんどんコンクリートの堤防に変貌しつつある。

残っているのはこれ見よがしの「観光地」と「自然」だけで、記者に「人工的な盆栽」を連想させる。(補助金があったかもしれないが、今私が見た昔と同じつくりの民家は観光と無関係で、人々がそこに住みたいからそうしたのである)。

こうして、「コンクリート列島」は毎年米国より30倍の量のコンクリートを消費する国になってしまったとある。この数字に私はショックをうける、、、、、、、

ドイツは、今でこそ川を自然の姿にもどすための工事をしているが、七十年代の前半までは日本とよく似ていた。日本もそのうちに方向転換すると妻が私を慰める、、、

午後遅く到着。妻の友人とご主人は準備の真っ最中で、私たちも手伝う。私はサラダにするトマトとキュウリを切る。夕方、ドイツの夏に毎週のように誰かがするバーベキュー・パーティー。チューリンゲン州は、ワイマールにゲーテが暮らしていただけでなく美味しいソーセージで有名である。私は他のものに眼をくれずソーセージに集中する。

三十人ぐらいの来客のうち、私たちだけがよそ者であった。話題はバカンス、サッカー、少し政治でこれは西側と同じ。話をしていると出席者の多くが私より若いのに子供は皆成人しているのを知る。これは、旧東独時代早婚で託児所などが完備していたので早く子供をつくったからである。成人した彼らの子供たちは今皆西側の大都市で働いている。また出席者のなかには西側で働き週末だけ帰宅する人も何人かいた。

翌日、私たちは町の中を散歩する。時々窓から手を振る人がいる。見ると前の晩に出会った人であった。数年前と比べて、どの建物も見違えるようにきれいになっている。

谷間の町からおしゃべりしながら坂道をのぼるといつの間にか周囲は麦畑にかわっていた。小高い場所に立つと、自然がなだらかに上がったり下がったりして地平線までひろがり、遠くにワイマールの町が見える。ところどころにある建設中の高速道路が手術の傷跡を連想させる。

きれいになった東ドイツの町。前日会った人々の娘や息子達はいつか戻ってくるのであろうか。町の中で小さな子供を見かけなかったことに私は気がつく。

どこの国でも雇用創出のためにインフラ整備の公共投資をする。今回の東西ドイツの統一もそうで、今までのところ過疎化の歯止めに成功していない。似た事情から、日本列島をコンクリートでかためる作業もはじまったはずである。でも、どうして今のようになってしまったのであろうか。

バックナンバー目次に戻る