「欧州どまんなか」 September 3, 2002
レ二・リーフェンシュタール

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数日前、レ二・リーフェンシュタールさんが百歳の誕生日を迎えた。彼女のことなど、日本では今や知らない人が多いかもしれない。でも1936年のベルリン五輪・記録映画「民族の祭典」の女性監督といえばピンと来る人がまだたくさんいると思われる。

若い時の写真を見ると彼女は美しい女性であった。踊り手としての経歴の浅い彼女を有名な舞台監督のマックス・ラインハルトがドイツ劇場でソロ・ダンサーとして起用した。その後映画女優に転じ成功をおさめる。女優をしているうちに監督と結婚する例はよくあるが、彼女は映画製作の技術を身につけた。これも彼女の才能と勤勉さを物語る。

その後、ヒトラーの眼にとまりナチ党大会の映画を撮る。ナチが政権奪取した翌年の1934年・党大会記録映画・「意思の勝利」は大成功を博し、ベニス映画祭で金賞に輝く。この映画は記録映画というより、ナチが国民に印象づけたい新体制の壮大さと整然さの映像化であり、同時にヒットラー総統の神秘化・個人崇拝を強めるのに寄与したといわれる。

記録映画でないという点で、彼女のベルリン・オリンピックの映画も同じである。当時の有名選手の活躍を眺めたいスポーツファンは失望すると思われる。がんばって走ったり泳いだりする個々の選手は、「光と影」を巧みに使うカメラワークや独特の編集技術によってリーフェンシュタールさんが表現しようとしたことの素材に過ぎないからである。

彼女の映像は身体の動作の美しさの表現で、この肉体美賛歌は19世紀になってヨーロッパ人が発見した「古代ギリシアのイメージ」に由来する。当時彼らがこのイメージを強調したのは植民地政策をすすめヨーロッパ以外の民族や文化と接触したことと無関係でない。これは、ヨーロッパ人が自分の権威づけのために古い家系図を探し出したようなものである。

ナチの指導者もゲルマン民族と古代ギリシアをダブらせるのが好きだった。またオリンピックもこのような19世紀の古代ギリシア・ルネサンスの遺物である。現在商業主義を突っ走るオリンピック委員会のお歴々がリーフェンシュタールさんの映画を高く評価するが、これもどこか辻褄があっている。

戦後ドイツで、リーフェンシュタールさんはナチ体制協力者として批判された。彼女はヒトラーに出会ったことが戦後の自分の苦悩のはじまりのようにいう。でも彼女が戦後撮った写真は「民族の祭典」の監督としての後光が輝くからこそ、美しく見えるのではないのだろうか。

「第三帝国を体験しなかった人々は当時のことを判断できない」。これは彼女の口癖である。私はこの見解に同調できないが、それでも遠い過去の行為を公平に判定するのは難しいといつも思っている。当事者も判定者も頭の中で過去と現在がゴチャゴチャになって混線してしまうからである。

8月23日のasahi.comで、百歳のめでたい誕生日を迎えた「レニ・リーフェンシュタールさんに対し、独西部フランクフルトの地方検察庁が、ホロコーストがなかったような言動をし、民衆扇動と死者に対する名誉棄損の疑いで捜査を開始した」と報道された。この事件は過去と現在の区別がやさしい。

リーフェンシュタールさんは戦時下の1940年から42年にかけてスペインを舞台にする「低地」という劇映画をドイツで撮影した。スペインの村人らしく見える人々が必要になり、当時強制収容所に入れられていた120人のシンティ・ロマを端役として出演させる。彼らは差別的に「ジプシー」と呼ばれる少数民族で、ユダヤ人と同じように「アウシュビッツ」などの絶滅収容所に連行されて殺されてしまった。彼女の映画に出演した人々の大部分もこの運命に遭遇する。ここまでは過去の出来事である。

リーフェンシュタールさんは今年の四月フランクフルトの新聞に「この映画に出たすべてのシンティ・ロマとは戦後、再会した。だれにも何も起きていなかった」と語った。この発言は現在の行為である。

でも彼女はなぜこんな発言をしたのだろうか。高齢者の頭の中で過去と現在が混線したともいえるが、同時に、これは、ドイツ国民が抱くホロコースト観の本質に関わる問題で、だからこそシンティ・ロマ団体は訴状の中で、「当時の撮影に協力したのが私たちでなくユダヤ人だったとする。リーフェンシュタールが、彼らの連行と虐殺を否定するような発言をしたら、この国の世論はどんな反応を示しただろうか?」と疑問を投げかける。

当時ナチに殺されたシンティ・ロマは50万人といわれる。彼らはユダヤ人と比べて国際社会での発言力は弱い。だからといって、彼らが軽んじられるとしたら、「ホロコースト」という人種差別に由来する事件を反省するにあたってまで、人種差別をしていることにならないだろうか。とすると、これも悲しくて、本当にやりきれないことである。

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