「欧州どまんなか」 September 10, 2002
自然のスポンジ効果

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エルベ川の氾濫が上流のドレスデンなどの町で猛威をふるった後、メディアの関心は下流で「プディングのように」やわらかくなった堤防に移る。決壊をおそれて避難する住民。草や潅木が生える堤防でなくコンクリートで固めて、それもできるだけ高くしたほうがいい。確かにこの場面だけ見ればこの考えも間違っていないのである。

ほぼ同じ頃、ドイツのクルト・ボーデヴィク交通大臣は「エルベ川開発計画」の見直しを発表した。これは渇水期にも貨物船の航行を可能にするための浚渫工事で、東西ドイツ統一後はじまり、すでに半分終了したとされる。

過去三十年間、西ヨーロッパでは発想の転換がゆっくり進み、河川をできるだけ自然の姿に戻すべきという考え方が強い。川の流れを早くする浚渫工事は、この「河川の再自然化」の考え方に反する。ドイツで連邦交通省というと、アウト−バーン・建設の担当省庁で「開発派」の牙城である。そこが見直しをいち早く発表したのは、今回の洪水で今後風当たりが強くなることを警戒したからである。

ヨーロッパの河川は人工的に改造された川である。そのなかでも、ライン川ほど人間の手の入った川はないといわれる。有名な「ローレライ」の辺りは谷間で昔の面影をとどめているが、スイスのバーゼルからマインツまでの上流は徹底的に改造されてしまった。昔のライン川上流は枝分かれしたり、それがまた合流して中洲ができていたり、沿岸に湿原地帯あったり、蛇行したりしていた。

これが19世紀の中頃までに現在のようなかなり直線的な一本の川に改造される。その結果、バーゼル・マインツ間の川の長さが80キロメートル以上も短縮した。また20世紀に入ってから上流にバイパス運河ができ、そこにローリング・ダムが建設される。このような改造の目的は氾濫防止であったり、川を水運や発電に利用するためであったりした。また自然状態にあった頃氾濫した場所にも人が住めるようになり、沿岸居住人口は19世紀初頭の六百万から現在の二千万人に増加する。

「河川の再自然化」といっても、これほど変わったライン川を元に戻すことなどできない。昔の自然状態を参考にして洪水対策立てるだけである。かって自然河川であった頃湿原などが遊水効果を発揮して居住地に氾濫が及ばなかった。90年代二度の洪水を経験したライン沿岸諸国はこの考えにヒントを得て、今後二十年以内に一千平方キロメートルに及ぶ遊水地を設けることに合意する。これは、これ以上護岸工事して堤防を高くしないで洪水を防ぐためである。

遊水地設置は沿岸の市町村に割り当てられ、義務づけられるので不満が出るが、堤防を高くして自分の町の被害をなくすことは下流にツケを回すエゴイズムでもある。

「河川の再自然化」は支流の小さい川ですでに進行していることである。例えば、ミュンヘンを通るイザール川では護岸コンクリートを除去したり、可能な限り自然の保水・遊水効果を活用する努力が長年続けられている。

すでに述べた「エルベ川開発計画」であるが、ドイツの西側では「河川の再自然化」をすすめ、東側では需要もあまりない水運のために、それとは正反対の浚渫工事をしたのは奇妙なことである。これは旗色が悪かった「開発派」が統一で息を吹き返したためで、こうなったのは、旧東独を「低開発国」と見なした東側住民の劣等感と無関係でない。

氾濫したエルベ川は沿岸の人口密度も少なく、40年間資本主義でなかったお陰でライン川などより自然に近い川といわれる。それだけに、「河川の自然化」は実行しやすく、また効果も大きいと推定される。(この数年来鮭ももどるようになった)。

自然には、降った雨を直ちに川の激流にしないように保水・遊水機能が備わっている。このスポンジの役割を演ずるのは森であったり、氾濫してもよい自然であったりする。日本では、河川が短く傾斜が急であるために、治水に関して、このような自然のスポンジ効果を軽視し、雨水をすみやかに海に排水し、それを調整するためにダムを建設して済ます考え方が強い。

ドイツで川の上流をコンクリートで固めたりダムをつくったりすると地下水の水位低下を心配する声があがる。これは地面のスポンジ効果が強く意識されているからでもある。日本の議論ではドイツほどこの心配が強調されない印象を、私はもつ。

この違いは、ドイツの水道水の73パーセントが大地に一度しみこんだ地下水である事実と無関係でない。日本では川やダムの堰止湖から水をとるが、ドイツでこんなことをする市町村は肩身が狭い。エルベ水系にもこの種の堰き止めダムが幾つかあるが、今回洪水の阻止にたいして寄与できなかった。

日本の過密都市で「河川の再自然化」など困難である。でも上流や過疎地域では考慮の余地があると思われる。私たちも自然のスポンジ効果をもっと信頼してもよいのではないのか。

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