「欧州どまんなか」 September 24, 2002
アウトバーンはドイツの「自由の女神」

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夜中ミュンヘンを出発してブレンナー峠を越えてイタリアに入る。知人と交替しながら運転した。午後ローマに到着後、しばらく環状線を走り、町の中に入る。

赤信号の交差点にさしかかると、いつのまにか私のクルマが先頭になっていた。青信号にかわりスタート。右側から信号を無視したクルマが眼の前を横切ろうとする。面食らった私は減速。それをよいことにしてその自動車は赤信号なのに横断してしまい、私の後ろでは皆がクラクションを鳴らして怒る。

「ひるんではいけない、この国では。クラクションを鳴らして断固意思表示をして突進」。ローマを何度も訪れた知人が叫んだ。私はこの教訓に従いクラクションを鳴らしつづけ、救急車の運転手になった思いでホテルに無事到着。

赤信号で止まり、青信号で前進。こう思ってその日まで私は日本で、その後ドイツで生きてきたのである。規則とは守るものであり、守らないことが違反になる。規則が参考にする程度のものなら、規則違反とは何になるのだろうか。その晩ホテルの部屋で一人になってから、私の頭が混乱してきた、、、

20年以上も前のローマでの我が体験を思いだしたのは、パリに何年も暮らした日本人女性がドイツ人の運転マナーをほめたからである。少し前、彼女はミュンヘンに引っ越してきた。

この国のドライバーは交通規則を守ろうとする。ドイツ車にはクラクションがついていないのかと思うほど、鳴ることが少ない。大通りが渋滞気味でクルマが列をつくって徐行中、私が小さな道からクルマの先をを出した途端、誰かが止まって入れてくれる。私の急な斜線変更にも誰もイジワルしない。

また道路の幅が広く端の方が空いている。渋滞で、そこを通って自分ひとり前に進もうとするドライバーが出てきても不思議でない。日本なら自動車の行列がもう一つできるような気がする。でもそんなハシタナイこと、この国では絶対起こらないのである。この点に私はいつも感心している。

でも、いいことばかりの話など、この世にないのである。

アウトバーン(高速道路)では、私は走行車線を時速百二十キロのスピードで走るのが好きである。前を走るトラックがあまりゆっくり走っていると車線変更して抜かすことになる。ところが、この追越し車線では息せき切って驀進する人が多く、背後から私の車に迫ってくることになる。急いでいる人に道を譲るのは私の主義であるが、トラックが列をつくっていて、私がすぐに走行車線に戻れないことも多い。

このような時である、町の中では紳士的なこの国のドライバーが別人になるのは。彼らは、まるでドケドケと怒鳴っているように車間距離をどんどん縮める。一度などバックミラーに写る後続車のバンパーが私のクルマに触れているように見えたことがあった。

ドイツのドライバーは、規則は守るかもしれないが、あまり車間距離をとらない。京都の運転教習所で、走行速度百キロではブレーキ距離が80メートルになり、前を走るクルマには少なくとも80メートル、安全を期して100メートルの車間距離をとるように私は教わった。

このことをあるドイツ人に話したところ、戻ってきた説明に私は仰天する。前を走るクルマが突然止まることはなく、それはブレーキをかけるからだ。その瞬間自分もブレーキをかける。その結果、前のクルマも後続する自分も80メートル走ってから止まる。だから80メートルの車間距離など不必要である。昔これを聞いたとき、私は文化ショックを受けた。

京都の運転教習所の先生は若い女の人にやさしく、男性で運動神経の鈍い私につらい人だった。でも私は今でも彼から教わった通りにドイツのアウトバーンを走ることにしている。

走行車線を走りながら追越し車線を見ていると、私は
「雀の子そこのけそこのけお馬が通る」
という一茶の句を思い出す。

欧州のアウトバーンで「速度無制限」なのはドイツだけである。でも全長十万キロ以上のアウトバーンの40パーセントで速度が制限されている。でもドイツ人の多くはこのことを知らないで、アウトバーンというと速度無制限で自由にぶっ飛ばせると思い込んでいるようだ。アウトバーンはドイツ・リベラリズムの象徴、「自由の女神」である。だから速度制限導入しようと思う政府は次の選挙で負ける覚悟が必要である。

秩序を重んじ規制が好きなドイツ国民は自国にリベラリズムの伝統が弱いことを恥じ、ヒットラーの台頭もそのせいにする。ところが、ドイツの「自由の女神」であるアウトバーンはヒットラーがはじめたものである。

これもヘンな話で、ここでまた、私の頭は混乱してくる、、、

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