「欧州どまんなか」 October  01, 2002
ブッシュ大統領を怒らせたドイツ人
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少し前ドイツで選挙があって、社民・緑の党の現政権が勝利した。外交の世界では選挙に勝った政治家に祝電をいれるのが普通なのに、米大統領からは何の音沙汰もなかった。「ブッシュ大統領ご立腹」といわれている。

こうなったのは、ドイブラーグメリン前独法相が「米大統領をヒットラーと同列に置く」発言をして怒らせてしまったからである。選挙戦の終盤、彼女は地元で労働組合員と懇談会をもつ。この内輪での話を小さな地方紙が記事にする。これを通信社が世界中に流した。問題とされたのは次の発言である。

「対イラク戦争準備の理由はむしろ米国の内政にある。経済危機で人気落ち目のブッシュは内政問題から注意をそらそうとしている。これはよくあることで、ヒットラーもした」

でも米国はこの発言で怒っているのだろうか。というのは、内政問題から注意をそらすために戦争をする政治家など昔からたくさんいる。また彼女は「私は米大統領とヒットラーを人間としてでなく、その方法を比較した」とわざわざことわっているし、この発言も引用されて記事のなかに出てくる。

ブッシュ大統領は、本当は「ヒットラーと同列に置かれた」ことでなく、とにかくドイツに対して怒りたかった。また彼が本当に気を悪くしたとしたら、記事にあるドイブラーグメリンさんの次の発言と思われる。

<、、、「もしインサイダー取引規制の現行法が80年代に施行されていたら、当時石油会社のマネージャーをしていたブッシュ現大統領は監獄に入っていただろう」と法務大臣は他の点でも遠慮なく米国を批判する、、、、>

米大統領は「刑務所の塀の上を歩く人」といったのである。それもドイツの法務大臣がである。ブッシュはまさか名誉毀損で訴えるわけにいかない。だから自分をヒットラーと一緒にされたことにしてむくれる。そのほうが世界中のメディアも納得しやすいのでそちらで怒ることにした。震源地になった記事を読みながら、これが筋書だったように私には思われた。

選挙戦中から米独関係は荒れ模様であった。シュレーダー首相が米の対イラク攻撃に自国軍を参加させないと発言したからである。この決断を、彼は「米国の戦争目的がイラク現政権・打倒にあり、これはドイツが協力を約束した対テロ戦争とも、また国連の大量破壊兵器査察問題とも無関係である」と理由づける。彼はアフガニスタンの現状が一触即発の状態であり、この問題をほったらかしにして新しい戦争をはじめるのは無謀であるともいった。

その頃、私は米国メディアにドイツの「アメリカ・バッシング」というコトバを見つけ、いっしょに戦争したくないといわれただけで「たたかれた」と感じる人がいることに驚く。また「ジャパン・バッシング」というコトバをよく見かけた時代が懐かしくなる。

シュレーダー首相は選挙で勝ちたいために戦争に反対したと悪口をいう人がいる。でも同じ民主主義国家なら、政治家が戦争をするといって選挙に勝てる国より、しないといって勝てる国のほうがいいような気がする。

これから、ドイツは対イラク攻撃に参加しないで、米国のご機嫌をとりむすぶ厄介な外交作業をしなければいけない。「米大統領をヒットラーと同列に置いた」とする非難は、大西洋のむこうの「ドイツたたき」で繰り返されるかもしれない。でも米国に爆撃される国民もいるので、「たたかれる」だけで済むならこれもたいしたことでない。そういった人もいる。

欧米、特にドイツでは、うっかりナチに触れると失言になる危険が多い。今年もある政治家がイスラエルのシャロン首相をヒットラーにたとえて大騒ぎになり、不毛な議論が延々と続いた。80年代雑誌インタビューで、当時のコール首相が(今回の法相発言と似た文脈で)ゴルバチョフをナチの宣伝相・ゲッベルスと同列に置く発言をして物議をかもした。

私には昔から、このようなドイツ人の論議が滑稽でしかたがない。友人の一人がシェパードを飼っている。シェパードが好きなドイツ人なんて、いまどき古風だと私が感心しているうちに、昔シェパートが好きだった有名人・独裁者を思い出す。このことを話した途端、友人が「自分をヒットラーと同列に置いた」と怒りだしたら、私はどうしたらいいのか。

ドイブラーグメリンさんは有能な法務大臣だったが、今回の発言で選挙の翌日辞任を表明する、、、ここまで書いて、私は自分が議員時代の彼女と話したことがあるのを思い出す。日本から来た新聞記者が彼女に会いたいといった。私が議員会館に電話すると秘書が留守らしく本人がでた。こんなとき、ドイツの議員さんは秘書がいないからと電話をかけなおすようにいうのが普通である。彼女は自分で日程表を見てから会えないと断った。だから重要な話をしたのでなく、私が電話代を節約できただけのことである。

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