「欧州どまんなか」 October  08, 2002
掛け声をかけてビールを飲む人々

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はげしい雨脚を避けて最寄りの巨大テントにとびこむ。立って飲んでいる人も席をさがしている人もたくさんいる。あきらめかかっていると、楽団が位置する真中のあたりにやっと坐ることができた。オジンばかりと同席になったが、私たちもそうなので文句をいえない。

日本から来た友人と私はオクトーバーフェストの会場にいる。これは毎年9月下旬から10月初旬まで二週間あまりミュンヘンで開催されるビール祭で、毎年延べ600万人以上が訪れるといわれる。

楽団が一曲演奏を終える度に、皆が「オァンツ、ツヴォア、クソッファー」と掛け声で周囲の人とジョッキーを衝突させてビールを飲む。「一、二の、三」という日本の掛け声で「三」の代わりに「飲めー」と叫ぶと「一、二の、飲めー」になる。これがビール祭の掛け声の日本語訳になるかもしれない。

この奇妙な掛け声は南ドイツ・バイエルン地方の方言である。日本で「一」はドイツ語で「アインス」と習った私には、最初の単語は「ワン」に、三番目は「クソー」に聞こえた。はじめてこの奇妙な掛け声を耳にした私はドイツ人が酔っ払って、とうとう英語と日本語で叫びはじめたと思った。

日本から来た友人と私は音楽がやかましく話すことができない、、、昔ミュンヘンのビール会社に通訳として雇われ、場所がオクトーバーフェストと聞くと私はよろこんだ。やかましくて話せない以上、私も黙ってビールを飲んでいれば仕事がすんだからである。ここでまた「一、二の、飲めー」で、私たちのために席をつめてくれた親切なオジンとジョッキーの衝突。それはそうと、今まで私は何度ここに来ただろうか。

もう長い間、自分からすすんで来たことなどなかった、、、そう私が思っていると、また「一、二の、飲めー」で乾杯。私は友人に後で場所をかえようと提案したが、彼には聞こえなかったと思う。

オクトーバーフェストはテントの中でビールを飲むだけでなく、会場にジェット・コースターや観覧車が設置されるので子供の祭でもある。我が家の子供たちにも、歩けるようになった頃から会期中一度はここに来ることが既得権になる。限られた予算の有効利用を心がける彼らは、どの乗り物にのるかを決めあぐねて広い会場を右往左往する。迷子にならないかと心配して一緒に歩くほうには本当に疲れることであった。

妻も私も一緒に行きたくない点では意見一致。その後どちらが子供のお伴をするかでもめる。女と男のどちらの育児貢献度が大きいか。この議論で私は守勢にまわり、最初は隔年で番が回ってきたのが、いつの間にか、コドモのお伴が毎年私の役目になる。二年前が最後で、息子は友だちと行くようになり、私は娘と二人だけだった。ジェットコースターに乗る娘を心配して同乗した私は恐怖で蒼ざめ逆に娘から心配される、、、、

こうして坐ってビールを飲むなんて我が人生はよくなった。ここでまた「一、二の、飲めー」。友人は何かいうが、喧騒で理解できない。聞き返しても仕方がないので私はうなずくだけである。でも「すさまじい。うわさの通り」と彼がいったのだけが聞き取れた。私の横の通路で巨大な男性二人と民族衣装を着た女性が踊りはじめる。一人が私に激しくぶつかる。ぶつかったのは、残念なことに男性のほうであった。

突然、隣のオジンがベンチの上に立つ。つれられて私もそうする。はじめてテントの中を展望。たくさんの人が踊っているではないか。テント全体が巨大ディスコになったようなものである。違いは床でなくベンチの上に立って踊っていることだ。その瞬間自分の隣のオジンもその隣のオジンも踊っているのに気がつき私もそうする。友人もベンチの上で踊りはじめた。

昔はこんなふうにベンチの上に全員が立って踊ることなどなかった。私が子供のお伴ばかりしているうち変わってしまったのである。そう思っていると音楽の歌詞が英語であることに気がつき、また驚く。以前はバイエルンの泥臭い民族音楽ばかりで、「一、二の、飲めー」で飲んで酔っ払うしかなかった。当時オクトーバーフェストは酔っ払いと観光客ばかりで、私が知っていた若い人は誰も行かなかった。

それが今や若者が、それも若い女性が市の観光局から頼まれもしないのに民族衣装を着て押し寄せるところになった。ミュンヘン生まれでビール祭が嫌いな世代に属する妻はあきれて首をふる。そんなことを思い出しているうちにビールもなくなり、久しぶりに会った友人と私は、少々名残惜しかったが、掛け声ナシでビールを飲む場所に移る。

翌日自分には似合わないと笑いながら、娘がどこからか借りた民族衣装を着て私の前にあらわれた。ジェットコースターに乗るためでなく、テントのなかで飲んで騒いで踊るためである。オクトーバーフェストは、昔ここの王様が結婚式に市民を招待したことからはじまる。けっこうなことでしょ、老若男女、皆が巨大テントのディスコの中で飲んで笑って踊るなんて。

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