「欧州どまんなか」 October  29, 2002
チューインガムのにがい味

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少し前、二、三日の間だけ欧米の新聞で「日本モデル」というコトバを見かけた。なんと懐かしいコトバであろうか。八〇年代、ドイツ電気メーカーの重役が「カイツェン、カイツェン」とくりかえす。しばらく聞いていると彼が「改善」といっているのがわかった。日本式経営がはやった頃、ドイツ人は日本通を強調するために日本語をふりまわした。

今度の「日本モデル」はカンバン方式でもないし、またカラオケの歌い方でもない。サダム・フセイン亡き後のイラクで米国が実施する占領政策である。

この日本方式・占領計画よると、フセイン打倒後のイラク国民が民主的自治能力をもつようになるまで米軍による軍政がしかれる。現在米・中東方面軍のトミー・フランクス総司令官が占領下日本のマッカーサーと同じ役割を演じ、イラク統治にあたる。また極東軍事法廷と似た裁判所の設置も予定されている。米国はハーク・国際刑事裁判所(ICC)を骨抜きにするのに今やっきであるが、他国民を裁くのは昔から好きである。

なぜイラク占領計画を「日本モデル」と呼ぶのであろうか。というのは、当時マッカーサー連合国軍最高司令官がいたかもしれないが、日本人の政府もまた議会もあって日本は軍政でなく間接統治であった。

また日本でそうなったのは、本土決戦にならず空爆だけで日本が降伏し、行政機構が残っていたからである。今度のイラク戦争は地上戦にまで発展しそうである。とすると戦争終結のしかたからも、またその後に間接統治でなく軍政がしかれたことからもイラクの占領計画は連合国のドイツ占領に近い。

それなら「ドイツ・モデル」と呼んでもいいのに、そう私は思った。でも彼らから見て当時吉田茂首相がいたことなど、どうでもいいのである。もしかしたら、米国の政治家が日本方式を強調するのはドイツが対イラク戦争に反対しているためではないのか。一瞬私はそう思ったが、いくつかの記事を読みながら自分の思い過ごしであることに気がつく。

ドイツは米英仏ソの分割占領になった。米国は非行少年・ドイツ国民を自国の主導で更生させたと思っているが、それでも一応副教官がたくさんいた。反対に日本は単独占領で自分ひとりが先生であった。自分たちはイラクと同じように異文化に属し「鬼畜米英」と叫んで手を焼かした日本を更生させた。このことを、米国人はとてもと誇りに思っているのである。

米国の日本占領は大きなトラブルがなく円滑にすすんだされる。
米国人は自分たちが世界の警察官であるだけでなく、教師として優秀な業績があったといいたいのだろうが、イラクを占領してうまくいくのだろうか。失敗する理由はあり過ぎる。

敗戦後の日本人には米占領軍に(少なくとも軍事的には)仕返しする気持がなかったからである。その点ドイツも同じだった思う。そうだったのはどちらの国民もアジア、あるいは欧州で敗戦とともに孤立してしまったからである。

でもこの重要な条件は、敗戦後のイラクでは成立しない。アラブ世界の隣国には「西欧対イスラム」という図式で考える人々が多数いる。地下にもぐったイラク内の抗戦派が、今度は彼らといっしょになって国の内外ゲリラ・テロ活動をするようになり、今以上世界各地でテロを発生させるだけである。

東アジアにイラクより核疑惑の濃厚な「悪の枢軸国」が存在するのに、中東となると米国は戦争したがる。北朝鮮が核開発を認めたことは米国のイラク攻撃意図の胡散臭さを国際社会で今一度しめすことになったという声がつよい。パイプラインをしくだけのアフガニスタンなら、胡散臭い亡命アフガン人をかき集めて傀儡政権をつくるだけですます。ところが、イラクに対し米国がこれほど熱心になるのはこの国にある世界第二の巨大な原油埋蔵量のためである。私には、今の米国の政治指導者が何事にも我田引水で、自分に都合のいいことしか頭に浮かばない人々としか思われない。

米国の新聞によると、アメリカ人は、日本の子供たちにキャンデーを配る自国兵士の写真を見て米軍が解放軍として迎えられたと思っているという。だから今度イラクでも征服者と思われないために「日本モデル」の占領ということになる。

こんな独り善がりな話をきくと、私はやりきれなくなる。当時の日本の子どもたちがキャンデーもらったことから、まわりまわってありがたくないお鉢がイラク人のところに届く。

もらったのである、私も鎌倉の海岸で。当時まだ大きな松原があった。そこを私は母に連れられて歩いている。追越していく二人の兵士の一人が「ベービー」と呼び、私にチューインガムを握らせた。おびえる私が母を見ると、食べていいという。そのガムは茶色で甘くなく、私が噛んでいるとにがい味が口いっぱいにひろがった。

今私に、半世紀前のあのにがい味がよみがる。

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