「欧州どまんなか」 November  19, 2002
敗残兵のシニスム

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少し前、日本の新聞のおくやみ欄に「ルドルフ・アウグシュタインさん(ドイツ週刊誌シュピーゲル創刊・発行者)死去。七九歳」とあった。でもドイツ語を読まない一般の日本人には「シュピーゲル」といっても、なじみがうすいと思われる。

シュピーゲルは1947年、それまでニュース週刊誌などなかったドイツで「タイム」をモデルに英国占領軍の情報将校の肝いりで創刊された。でもこのドイツの「タイム」は、時代と共にしゃれたお手本をからどんどんかけ離れ泥臭くドイツらしくなったといわれる。

若い頃から、私はこの週刊誌の定期購読者であるが、はじめからおわりまで読んだ記憶がない。一週間は七日しかなく、分厚いので読んでいるうちに次の号が来てしまう。一度必要があって数冊旅行に持っていって、重たいのに閉口した。三百頁をこえるときもある。シュピーゲルは政治腐敗をあばく調査報道で有名であるが、話題も豊富、内容も高度で、重要なポストについている人々に読まれているために百万の発行部数以上に社会的影響は大きいとされる。

また創刊者で発行者のアウグシュタインさんの人柄がこの雑誌に反映しているとされる。ではこの人がどんな人かというと、私は日本から来た人に昔から「ドイツの戦中派、それも焼跡闇市派の文学青年だった」と説明することにしている。戦場から戻った元陸軍少尉のアウグシュタインさんがこの雑誌を創刊したとき23歳であった。こんな若い人にチャンスがまわってきたのは、敗戦ドイツでは既存の新聞や雑誌が全部つぶされてしまったからである。

シュピーゲルのシニカル(冷笑的)な文体はよく問題にされる。学生時代京都で、私はドイツの詩人エンツェンスベルガーのシュピーゲル批判を読んだ記憶がある。でもこの文体は、軍の上層部から言語で伝達された命令と自分が置かれた救いようのない戦場の現実との乖離を体験した敗残兵・アウグシュタインさんのシニスムである。このシニスムは権力に媚びることに対する自戒であり、りっぱなコトバで表現されたことが何を意味し、現実に何が起こったかを検証するジャーナリストに必要な懐疑的態度を支えるものであった。

私はこの偉大さ・崇高さをこきおろす冷笑的な態度に日本の「焼跡闇市派」に通じるものを感じた。このシニスムがアウグシュタインさんに自戒として必要だったのは、ドイツが有力者支配の権威主義的社会で、国民性も横並びで、順応主義が本当に強かったからである。

「文学青年」のほうであるが、アウグシュタインさんは、若い頃上演された自分の戯曲がシュピーゲル誌で酷評され、文学的野心を捨てたといわれる。後に、この決意は、批評家マルセル・ライヒ=ラニツキに「三流小説を幾つか残すよりドイツ国民に役立った」といわせることになった。

彼は七〇年代に選挙にでて連邦議員になったがすぐやめる。これは、政治は昔から「友か敵か」の区別をして徒党を組むことで、言語による自己表現が重要な個人主義者・元「文学青年」に退屈だったからである。反対に、そのような資質の人に政治が面白くなる社会は「表現の世界」と「現実の世界」の識別能力を失いつつあることで、これも危険なことかもしれない。

シュピーゲル誌が右・左のイデオロギーの区別なしに攻撃的であったことは、発行者が冷笑的な「焼跡闇市派」で、また(本当は政治嫌いな)個人主義者・元「文学青年」であったからである。ドイツでも資本規模が大きくなる新聞は右・左の政治的な色分けがつく。これはブランドみたいなもので不可避である。でも硬直することなく意見の対立が議論になるのは、この雑誌の「全方位攻撃」が世論を攪拌したからである。

メディアで政治的な色分けが硬直すると、言論も発表場所と題名だけで内容がわかり読まずに済むが、退屈でもある。また自分に都合の悪い現実は見ないことにつながり、政治的信条がそのための免罪符になってしまう。

アウグシュタインさんのシュピーゲルは商業的に大成功であったが、会社は健全経営の中小企業にとどまった。また彼は最後まで政治コラムを書き続けた。私の記憶に残っているのは去年アフガン戦争に反対したもので、これもアウグシュタインさんが平和主義者であったからでなく、戦争という手段で政治目的を達することできないことが反対理由であった。

彼の雑誌の欠点は報道が、米国のニュース週刊誌と比べて、ドイツ・欧州に偏っていることで、日本についての記事も少々ワンパターンである。国内の報道では裁判沙汰覚悟のためか比較的正確である。でもアジアとなると油断するようで、昔丸山真男とのインタビューをでっちあげたのもその証拠で、私はそのことを今でも怒っているドイツ人を知っている。

去年、私はこの雑誌を長年読んでいる自分が厭になり購読をやめたところ、シュピーゲル主催の「学校新聞コンクール」に参加する娘宛てに送ってくるようになり、今でも読んでいる。

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