「欧州どまんなか」 November  26, 2002
日本から帰ったドイツ人

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日本から帰ったドイツ人はたくさんいるが、サッカー選手となると指で数えるほどしかいない。その一人、ピエール・リトバルスキーさんはドイツでコーチ・監督としての道を歩もうとしたが、本人には愉快でない事件が続く。

ドイツ・ナショナルチームを長年指揮して辞めたベルティ・フォクツが二年前、ドイツ有数のサッカー・クラブのレバークーゼン・監督に就任した。リトバルスキーさんも、そのとき助監督として迎えられる。ところが、数ヵ月後フォクツ監督辞任で彼もやめさせられた。

その後、リトバルスキーさんは幸運にもドイツ二部リーグ、デュイスブルク・チームの監督として迎えられた。ところが、少し前新聞インタビューで、彼はベルリンのライバルクラブの監督になりたいと受けとられる発言をして、所属クラブ会長の逆鱗に触れ、解任されてしまう。

その前から、リトバルスキーさんの所属クラブで人間関係はしっくりしていなかったことが報道されているので、彼のほうにもいろいろ言い分があったと思われる。とはいっても、ベルリンのライバルクラブはちょうど前の監督がやめて新監督を探しているところであった。だから「梨下に冠を正さず」というべきで、移りたければこっそり話をすすめればよい。

リトバルスキーさんがドイツのリーグで活躍していたのは八〇年代で、サッカーに関心がなかった私は彼のプレーを見ていない。ドイツのサッカーファンは彼のドリブルを絶賛する。日本に行ってからの彼の活躍ぶりはサッカーファンがよく知るところである。

ドイツ人は日本のサッカーとなるとリトバルスキーさんを連想する。彼は日本語も上手で、日本人女性と結婚した「日本通」で、ドイツでは日本サッカー界・スポークスマン的存在である。こんな事情から、私もかなり前からリトバルスキーさんに注目するようになってしまった。

私は正直なところ、リトバルスキーさんは快活でほがらかな人柄であるが、相手かまわず自分を売り込もうとする印象をもっている。彼はワールドカップ開催中、ドイツのテレビで日本代表チームのフランス人監督について発言したが、そのときもこの傾向がみられた。

リトバルスキーさんはケルンのサッカークラブで活躍したが、ベルリン生まれである。ドイツでは地域によって少しづつ人柄がかわる。私が暮らす南のほうのドイツ人は方言のためか、口下手が多い。反対に「ベルリン子」は歯切れがよく雄弁であるが、他の地域の人から反感をもたれることがある。

日本では「能ある鷹は爪を隠す」とか「出る杭は打たれる」といわれる。似たようなことわざはドイツにもあり、この点どこの国も似ている。どのように「出る杭」にならずに「爪を見せる」か、そこが肝心で、この事情は国や文化で異なり、たいていはどこまで許容するかのルールがあってもはっきりしていない。長い外国暮らしから戻ると、当然この勘が鈍くなる。

知人の年長のスポーツ記者にきくと、リトバルスキーさんは昔から「能ある鷹は爪を隠す」ほうでなかったという。でも長く暮らしたのが日本でなく別の外国であったなら、ドイツで人間関係を円滑にすすめる彼の勘も、これほど鈍くなることはなかったかもしれない。

どこの国でも、外国人に対して習慣が異なるために寛容なところがあるが、日本では寛容といった問題でなく、はじめから(恐らく終わりまで)外国人を(良い意味でも悪い意味でも)特別扱いにするところがないだろうか。これは、私たちが自分自身を特別に思い、外国人を同等の相手と見ていないことでもある。この批判を、私は日本滞在者から散々聞かされた。私たちは自分たちだけでは悪口をいったり、同僚なら昇進を阻んだりして「出る杭を打つ」のに、外国人にはそうしない。

ドイツ人をはじめ欧米人は、アジアが集団主義社会で、日本人も遠慮ばかりして率直に発言しないと考える。反対に、彼らは自分たちの社会を、個人が言論の自由を行使する世界と見なす傾向がある。本当は彼らの社会でも、事情次第では遠慮して発言もしないので、自由の問題でなく慣習の違いと思われるのに、そのことに気がつかない人がいる。

その結果、日本へ行って、「自由世界」の代表者の役割を自分で演じているうちに、自国社会にも厄介な人間関係のルールや習慣があることを忘れてしまう人が出て来ても不思議でないかもしれない。この奇妙な健忘症は、外国人に対する日本社会での特別扱いで悪化し、今度は自国社会にもどったときに、そこでの人間関係の勘を失わせることにつながる。

リトバルスキーさんは「ゲームの流れ」に対する勘がよい選手だったといわれる。これはよい監督の素質でもある。それだけに人間関係に対する勘も取り戻し、監督としての経験を積み将来日本のサッカー界に役立って欲しいと思われる。

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