「欧州どまんなか」 December  03, 2002
歴史に比喩を求めること

 

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少し前テレビをつけると、マイクを前にシュレーダー現独首相の奥さんが憤慨している。彼女のご主人がブリューニングに喩えられたからである。

ブリューニングといっても多くの日本人にはピンとこないが、彼はワイマール共和国末期の宰相で厳しい緊縮財政を強行し、経済の収縮(デフレ)をひき起こし失業を増大させ、ヒットラーの権力奪取の道ならしをしたので、ドイツでは縁起の悪い政治家の代表とされている。

米国メディアから「日本病を患っている」とされるドイツ経済は統一コストに由来する巨大な財政赤字をひきずり、マストリヒト条約のために国債発行の手足をしばられ、低経済成長率でブリューニングの頃のドイツに似ていないことはない。

私にいつも興味深いのは、どの国民も自国が現在置かれた状況を理解しようとして、歴史から例を引っぱってくることである。「9月11日」のとき、米国人は「真珠湾攻撃」を連想した。このように現在をある歴史的状況と比べるのは「あの時のようだ」と思うことで、これは一種の比喩である。

私が痩せたドイツ人の女性を見て「ヤギのようだ」と思うのも比喩である。そんな比喩より歴史的比喩のほうは重要で、ある国民の感情と思考に影響をあたえるものである。

私は、昔必要があって図書館で戦時下ドイツの新聞を読んだことある。ドイツ国境に迫るソ連軍が「草原を疾駆するフン族」にたとえられているのが眼にとまった。こうなると、確かにドイツ兵士が死守する戦線は、ゲルマン民族がギリシア・ローマ並びにキリスト教文化からつくったと称されるヨーロッパ文明の境界線になる。当時「欧州の砦」という表現にも何度も出会い、辻褄があっていると私は思った。

私が見たドイツ映画でソ連軍兵士がドイツ人女性を暴行する場面となると実際以上に眼のはれぼったいアジア系兵士の割合が多かったように思われる。「黄禍論」にも共通するこの歴史的比喩は、冷戦時代も人々の脳裏に焼きついたまま存在していたのではないのか。その証拠にソ連の脅威が遠のくと、ヨーロッパは経済難民に対して守るべき「欧州の砦」になった。

湾岸戦争以来、軍事介入の是非の議論で、よく持ちだされるのは1938年ヒットラーの膨張政策を容認した「ミュンヘン会談」、チェンバレン・宥和政策である。「今ここで野蛮な独裁者をたたいておかないとアウシュビッツのような破局をもたらす」というのが、この歴史的比喩を用いる人が期待する効果である。またこれは、その独裁者をヒットラーに喩えることでもある。

冷戦終了後、欧米で未来のユートピアといってもウォールストリートで株価が永遠に上昇する様子しか思い浮かばない。第二次世界大戦回顧が強いのは、ユートピアなしで済ませられない人々が過去にそれを投影しているからである。また米国がした無数の戦争のなかで、第二次大戦の正当性を疑う人が国際社会では少ないので、この戦争から喩えを持ちだすことは、米国の一極支配の肯定につながる危険がつきまとう。

今回のシュレーダー首相とブリューニングの比較は米国の一極支配とは直接関係がなく、敗戦国・西ドイツに昔からあった歴史的比喩の繰り返しである。ベルリン遷都まで「ボンはワイマールではない」とよく口にされた。

ドイツ国民の頭のなかで、ヒットラーと戦争の不幸に一直線につながるワイマール共和国が警告になるのは、一度酔っ払って大失敗した女の人が二度とアルコールに手を触れないと誓っているのと理屈の上では同じである。この点で、彼らも憲法第九条に固執する日本国民に似ているので、ドイツに暮らす日本人の私にはせつないような気持になったことがある。

かなり前から日本の雑誌の中で、経済的にうまく行かなくなった日本の状況が「第二の敗戦」と表現されるのが眼につく。類似した比喩はドイツのメディアでは見られない。

理屈からいうと、この比喩は日本国民の意識なかで、1945年本当の戦争が終了した後も経済の分野で「戦争」を継続したことになる。一頃日本のメディアに見られた「企業戦士」をはじめ多くの表現もこの奇妙な意識を物語る。ドイツのメディアでも、米国対EUの「経済戦争」という表現が見られることがあるが、回数が少なく、単なる比喩にとどまる。

複雑な関係を戦争に喩えるとスポーツの観戦記事に近くなり面白くなる。もうからなくなった外国企業を買収することは、そこをもうかるようにする面倒な仕事がはじまることで、戦争に勝って植民地ができた話ではない。反対に日本に投資する外国企業はリスクを負うので、これは日本の「敗戦」でもない。

比喩に慣れすぎると現実を見失い、思考までそれに影響される危険がある。経済関係を戦争に喩えることは、ある時点から日本人を不幸にしたように私には思われる。

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