「欧州どまんなか」 December  17, 2002
私のステテコ愛国主義

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金曜日は面倒な日である。翌日子供たちには、一週間に一度の日本の学校がある。宿題でわからないことがあると、彼らは私の都合などおかまいなしにやって来る。先週もそうだった。

私は超臨界水反応を利用した機械の説明書を翻訳していた。文科系コンプレックスで社会に役立っていないと思っているせいか、このような仕事をする私はいつも幸せである。

仕事に集中する私に、十七歳の息子が紙をヒラヒラ振っている。そこに「人種差別撤廃条約、小樽市、温泉」と書かれていた。漢字の読み方がわからない子供たちは、私に訊く前に一度紙に書かなければいけない。そうしないと辞書をひかず気安く私に訊いてうるさいからである。

新聞記事を読むのが息子のクラスの宿題だ。でも「温泉」が読めないのは、数年前日本で旅館の値段に憤慨した妻が行くのがいやだといったからである。私は自分の仕事を継続。

しばらくするとまた息子が紙切れをみせた。そこに今度は「損害賠償、外国人お断り」と並んでいる。私が読み上げ、彼は漢字の読み方をヒラガナで書く。もう何年も日本語をやっているのにどうして「断る」ぐらい読めないのであろうか。そう思って私が超臨界水反応の翻訳を続けようとするが、息子は立ち去らず、「すごい国、すごい国」と繰り返す。

聞いてみると、「すごい国」とは日本のことである。息子は日本が人種差別の国で、「日本人だけ」という看板のかかったお店がたくさんあるとあきれる。でもこんな聞き捨てのならないことをいわれて何かいわなければいけない気がして、私は息子に次のように話した、、、、、

ドイツで「外国人お断り」という看板のお店が現われたら「すごい」ことである。日本は事情が違う。気後れがするとか、英語が話せないとかいった色々な理由から、日本人は外国人とかかわりたくない。そう話してから、自分が京都で学生だった頃市電の中で英語の本を読んでいると乗り込んだ外国人旅行者が私の本に気がつく。英語が話せない私は道を訊かれたらエライコッチャと思って次の停留所で降りた。(息子が笑う)。

(調子に乗った父親は続ける)。日本の風呂屋の看板にある「外国人」はドイツ人が考える「外国人」でなく、「風呂のつかい方を知らない人」という意味に過ぎない。外国人が風呂のつかい方を知らないと思い込むのは問題であるが、これを人種差別と呼ぶのは欧米人が自分たちのメガネで見るからである、、、

息子は「ドイツ人は外国人より自分が偉いと思っている。日本はそうでない」と納得して自分の部屋にもどる。どこの国にも固有の文化がある。それを理解する人間に子供を育てる。息子の彼女の前にオヤジがステテコで現われても、恥じてはいけない。これが私のステテコ愛国主義。私は高揚する、、、

私も翻訳の仕事にもどるが、少し神経を集中することができない。本当のところ、私は日本の事情をよく知らないのである。情報が欠けて判断できないのに、息子にいいかげんなことをいったような気もした。

私は今まで、ドイツで人種差別を経験したことがあるだろうか。あまりなかった気がする。でも一度若い頃、あるスイス人の女性が好きになり私は求愛行動に移るが、断られた。そのとき私は彼女に人種差別らしきものを感じた。でも私が彼女の好みでなかっただけかもしれない。当時女性にふられることなどよくあったのに、どうして私はそう感じたのだろうか、、、

また息子が来る。今度は紙に「閉鎖性」とある。彼は読み方を書いてから、それまで日本語で話していたのにドイツ語に切り換えた。息子はいう。なぜ日本人が外国人は皆お風呂のつかい方を知らないと思い込んでいるのかを考えると、日本人とドイツ人は違わない。日本人は、自分たちがお風呂のつかい方を知っているからえらいと考えている、そう外国人から思われたら、結局同じことになる。

私は息子に「そう思うのは外国人の勝手だ」とドイツ語で答えた。でもすっきりした気持になれす、日本語で「そうかもしれん」といって、私は自分を幸せにする超臨界水の世界にもどることにする。息子が立ち去った後、私は自分のステテコ愛国主義が少々ぐらつくのを感じた。もうかなり昔、妻がボロボロになった最後のステテコを捨てたので、我が家にそんなものはないのである。

私はドイツで人種差別をあまり感じなかった。ものごとを区別することが文化で、誰もが価値観をもち、人種的特徴は明白である以上、人種差別などなくならないと私は思う。それは探したら幾らでも出てくるものである。何かの拍子で不当に扱われて漠然とそう感じても、私は他の原因も思案して探した。その結果、この国ついての私の理解は深まった。

人種差別が道端の石ころのように探さなくてもすむ国。外国人が色々思案する労を省いてくれる「親切な国」である。でもそれは一方的に判断されて、理解されない国でもある。

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