「欧州どまんなか」 January  21, 2003
イラクと北朝鮮

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日本滞在中のクリスマスの頃だったと思う。新聞を読んでいると、外交文書が公開されて「池田内閣が冷戦下に中国承認を検討」という記事があった。

「ベルリンの壁」ができる直前の1961年、当時の池田勇人首相が「中国と事実上の国交回復を実現しようとしていた」というのが内容で、ドイツの「東方外交」より前に極東の敗戦国でも、自国の外交的選択の幅をひろげようとする努力がされたことになる。記事を読みながら「貧乏人は麦を食え」の発言で有名なこの政治家のだみ声が懐かしく思い出された。

日本からドイツに戻ると核拡散防止条約(NPT)脱退を宣言したり、ミサイル実験再開するなどといったりする北朝鮮の挑発的行動が盛んに議論されていた。

ヨーロッパ人はイラクと北朝鮮を比べる。北朝鮮が挑発的な行動をどんどんエスカレートしていくのに米国は辛抱強い。米国は何が何でもイラクと戦争したいだけである。ヨーロッパ人の眼には、「イラクの大量破壊兵器の危険性」と称する米国の攻撃理由が、あらためて胡散臭いものにうつる。

米国の本当のお目当ては、世界で二番目に大きい埋蔵量のイラクの油田で、ここは低コストで採掘可能である。この油田にインタレストをもつ英、仏、ロシア、中国の安保常任理事国も採掘権のおこぼれにあずかれるので、最終的には米のイラク攻撃に反対しないと語られる。

反対に、北朝鮮のほうには飢えた人がたくさんいても、魅力的な資源がないので、米国も戦争などするに気にもなれない。バルカン半島の軍事介入では米国の経済的動機がはっきりしていなかったが、イラクについてはかなり露骨である。

今回の議論では、今まで以上に強調されたことがある。それはイラクが北朝鮮と比べて軍事的に脅威でないので、米国が戦争をするという点である。百万以上の軍隊と化学・生物学兵器をもち、ミサイルを輸出する北朝鮮こそ、本当は軍事的脅威であるが、米国は軍事行動をおこすことができない。

もしそうなったら数万の米軍兵士が犠牲になり、ソウルが「火の海」になるなど、韓国が計り知れない戦禍をこうむる。また北朝鮮のミサイル射程距離に入る日本にも甚大な被害が生じる。「北朝鮮の核施設を米国が爆撃すると朝鮮半島だけでなく、下手をすると日本まで放射能汚染を被ることになる」と軍事専門家が警告する。

以上は北朝鮮が原爆をもっていないことを前提にしての想像である。でもこの国が二、三個ぐらいは所有していると疑う人は、国際社会には少なくないのである。

欧米で事態をこのように考える人々から見ると、北朝鮮に対して「戦争」というコトバを口にする政治家がいるとすれば、この人こそ「平和呆け」を患っていることになる。「平和呆け」とは軍事的脅威が想像できないことであり、もし想像できたら、自国民を餓死させて平気な国と事を構えたら、失うものがあまりに大きすぎると、誰もが考えるからである。

国際社会全体に関係する核問題と異なり、拉致問題のほうは日本国民だけの問題で、(戦争できない以上)北朝鮮との二国間交渉が解決に近づく唯一の道である。しかも危険で不愉快なこの国に問題の存在を認めさせ、平壌宣言で「相互の信頼関係に基づき、国交正常化の実現に至る過程においても、日朝間に存在する諸問題に誠意をもって取り組む強い決意を表明」させるところまで、幸いにもこぎつけることができた。それなのに、この外交的成果を軽んじたのはもったいない話であった。

こうなったのは、ある日本列島定住者の見解によると、戦前の「暴支庸懲」に似た「暴鮮庸懲」の雰囲気が日本国内に生まれたためで、だからこそ多くの日本人はチャンスを逃して、もったいないなどと思っていないそうである。でもいったい誰をこらしめることになってしまったのであろうか。

「貧乏人は麦を食え」の池田首相は当時「トランジスタのセールスマン」と揶揄された。でも彼をはじめ当時の政治指導者には、国際社会で日本に出来ることと出来ないことの区別が明らかであった。旧戦勝国の米ソが勝手に対立するのは敗戦国に手におえる問題でなかったが、隣国との国交回復は日本に重要な問題であった。

日本における現在の二世、三世議員の政治指導者はこの点でどうなのだろうか。昨年「永住帰国」が決定された拉致被害者家族の一人が米国人であり、決定そのものが米国の法律とふれて問題を起こすことになるのに、それは彼らにはあまり気にならなかった。とすると彼らには、国際社会のなかで日本に出来ることと出来ないことの区別など重要でないのかもしれない。

頭の中だけがボーダーレスでなっている政治指導者をもつことが、日本人にとって幸せなことなのであろうか。私は今でも疑問に思っている。

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