「欧州どまんなか」 March  11, 2003
トルコ人の少女

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少し前の金曜日、私たちは夫婦で友人のパーティーに招かれた。十一時過ぎ、妻が携帯で娘と電話をしている。娘はバスがなくなったので友達の家で泊まるといっているという。

私は妻に翌日日本の学校があるので、自分が自動車で迎えに行くといった。妻からもう一度娘に電話してもらい、私は自動車を運転しながら「信頼もいいが、コントロールのほうがもっといい」というゴルバチョフのセリフが頭に浮かぶ。目的地に到着し、ベルを鳴らすと娘といっしょに女の子の友達が玄関に現われた。

後部座席の娘が不機嫌な顔をしているのは、見なくても私にはわかった。自宅の前で彼女を降ろしてから、妻が待つ友人の家にむかう。私は十四歳の娘に夜遊びを許す母親と、父親に手間をかけさせてお礼一ついわない娘に腹を立た。

運転しながら、私は自分がエプロちゃんのお父さんと同じように振舞ったと思う。これから、娘の学校で「あの日本人のお父さんヘンよ」という噂が立つかもしれない、、、、、、、、

エプロちゃんは同じ町に住むトルコ人の少女である。息子は、幼稚園に通いはじめた頃、朝私と別れるのがいやだと駄々をこねた。黒髪で眼が大きいエプロちゃんが息子の名前を元気に呼んでいっしょに遊びはじめると、私はその場を立ち去ることができた。しばらくの間、私たちが現われると、幼稚園の先生が気をきかしてエプロちゃんを来させた。エプロちゃんが見えないと、私は彼女が来るまで待つことにした。

ある日、エプロちゃんが天気の良い日に二キロぐらいの道のりを幼稚園まで三輪車で来ると聞いて、私はこのトルコ人の女の子にますます好感をおぼえる。自分も昔電車で二駅ぐらいの距離を歩いて幼稚園に通ったし、父兄が(私たちを含めて)園児を自動車で送り迎いするのに違和感をおぼえていたからである。

私はエプロちゃんのお母さんた話したかったが、彼女は私と視線を合わせないようにした。彼女は、当時幼稚園で夏の恒例の園児・父兄合同のバーベキュー・パーティーに現われず、人々との接触を避けていると見られていた。

エプロちゃんも息子も就学する。彼女は隣のクラスで、私はエプロちゃんの話を聞かなくなる。大学進学の上級学校に進むようになると、彼女は、隣に住む同い年の女の子の家にときどき遊びに来るようになった。

その頃からである、私はエプロちゃんのお父さんの評判を聞くようになったのは。彼は厳格で娘のエプロちゃんを家に閉じ込めようとするといわれた。

ドイツの子供たちは、週末仲良しの友だちの家に遊びに行き泊まる。エプロちゃんもそうしたいのに許されない。冬は学校から泊りがけでスキーに行く。これにも彼女は参加できない。エプロちゃんと親友の隣の女の子も、その母親も、(妻を含めて)周囲のドイツ人女性がエプロちゃんに同情し、彼女の父親を非難するようになった。

ボーイフレンドやガールフレンドができる年頃になってからも、エプロちゃんはよく話題にのぼる。彼女はトルコ人の男の子だけを好きになるように教育されているとか、また性的な接触は避けないが、最後の一線を越えようとしないといわれた。(ちなみに、若いトルコ人女性には処女膜再生手術を受ける人がいる)。またエプロちゃんが服従しないと、お父さんから「ドイツ人」になったと叱られるという。(ドイツ在住トルコ人は本国で「ドイツ人」と呼ばれている)。

エプロちゃんのお父さんは、我が町のお母さん方の間では評判が悪く、イスラムと結びつけられる。でも日本人の父親も自分の娘に「間違い」が起こるのを心配する。

先進国はセックスに対して寛容な社会になってしまった。現在ドイツでは三日に一度ぐらいの頻度で、十三歳とか十四歳の女の子が母親になるといわれる。少し前までバービー人形で遊んでいたのに、ママになるなんていわれたら困るではないか。自分の娘がこうなったら、エプロちゃんのお父さんを非難する母親たちも「間違い」が起こったと狼狽するはずである。

何が具体的に「間違い」かというと、意見が分かれる。この点に関して、今の大多数のドイツ人はトルコ人と違うし、また半世紀前のドイツ人とも見解が異なる。性に対する寛容とは、本当は異なったセックス観に対してもつべき寛容と考えたほうがよいかもしれない。

二つの文化の間で育つ子供は難しい問題に直面することがある。二つの言語ができて便利というのは少し単純過ぎる。エプロちゃんは、去年両親に秘密にしてイタリア人の男の子とつきあっていたが、別れたといわれる。彼女は私に会うと昔と同じように愛想よく挨拶する。でも私には、彼女が子供の頃と比べてだんだん元気をなくしていくような気がするときがある。

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