「欧州どまんなか」 March  18, 2003
国際刑事裁判所とブレア首相

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ブレア英首相は眼のまわりを赤くし、顔も蒼ざめ体調をすっかりくずしているそうである。その理由は、与党内で英国の対イラク参戦に反対する声が強く、同盟国・米国との亀裂に眼を伏せることができないからである。

国連安保理事会の決議なしで戦争をすることは不法行為である。そのために与党内で、ブレア首相が訴えられて「国際刑事裁判所(ICC)の法廷に立つ」可能性を指摘する声があがったといわれる。

この国際刑事裁判所が、少し前の3月11日にオランダのハークで開設した。政治色の濃厚なユーゴやルアンダなどの特別国際法廷と異なり、これは一九九八年に139カ国が調印したローマ条約に基づいて国連からも独立した常設法廷である。裁判の対象も大国が勝手に決める犯罪事件に限定されない。

数年前、ロンドン警察がスペインの予審判事から身柄引渡しの要請を受けて入院中のピノチェト元チリ大統領を逮捕した。またイスラエルのシャロン首相は、二〇年前のレバノンの難民収容所でパレスチナ人大量虐殺容疑のためにベルギーで訴えられている。今年ベルギーの最高裁は、彼が首相を辞めた時点で裁判を開くことができると判決した。ちなみにどちらも被害者が訴えていたケースである。

戦争犯罪や人道に対する罪で個人の責任を追及する傾向は、今回の国際刑事裁判所の設置で更に強まるといわれる。「国家犯罪が処罰されない時代は終わった」というシラク仏大統領の発言もこの事情を物語る。

米国はクリントン時代ローマ条約に署名したが、ブッシュ大統領に代替わりしてから身の危険を察して脱退しただけでなく、国際刑事裁判所を眼の仇にするようになった。ぼんやりした国を見つけては、米政府は自国民をハーグに引き渡されないようにするために二国間条約の締結にやっきである。独立して間もない東チモールにも(昔日本に「不平等条約」を押し付けたのと同じ要領で)、このことに成功した。今まで二十カ国あまりの国がこうして米国に一本釣りされたそうである。

国際刑事裁判所の意味が理解されにくいのは、暴力が国家に独占され、警察が犯罪容疑者をつかまえて裁判がはじまる刑法のイメージが強いからである。でも二一世紀の国際社会では、刑法も国内と同じよう展開していくとは限らない。

今までは、シャロン首相が引退後小国・ベルギーへ旅行できないだけで済んだ。でもこれからは、ローマ条約加盟国は、現役時代よからぬことをして訴えられた政治家を条約上引き渡さなければいけない。こうして89カ国にのぼる加盟国に立ち入れなくなると、脛に傷持つ政治家に地球が狭くなる。英国も加盟国であるので、ブレア首相も下手するとテキサスのブッシュ家の牧場で余生を過ごすことになる。国際刑事裁判所のこのような犯罪抑止効果は今後だんだん強まるかもしれない。

国家の不法行為に関して個人の法的責任が国際社会で本格的に追求されるようになったのは、第二次大戦後のニュールンベルクと東京で開廷された軍事法廷からである。当時日独両国で、弁護側に立って苦労・憤慨した法律家から見て、今回発足した国際刑事裁判所は夢のような話である。

それだけに、日本がローマ条約調印国に入っていないのは残念だ。国際刑事裁判所の話を聞いたとき、敗戦国民のヒガミ根性をもつ私は、「江戸の仇はハーグで、、」とよろこんだ。だから「勝者の裁判」に文句をいう日本人の無関心は理解に苦しむ。また主要メディアの取り上げ方も小さい気がする。そうなら、なぜ日本では関心があまり大きくないのだろうか。

昔、私はドイツ人の戦争体験者の回想録をまとめて読んだことがある。捕虜になって不当な扱いを受けた兵士が戦時国際法を楯に抗議する場面に度々出合い、私はあきれた。彼らも受け入れられないとあきらめるが、私は自分が捕虜になったら、何をされても文句をいえないと考えて、はじめから黙っているような気がした。これを裏返すと、敵兵を捕虜にしたら、自分が何をしても相手は文句をいうな、と考えていることでもある。

多数の日本人が私のように反応するとすれば、これは、私たちが無意識に自国と外国との関係を強いか弱いかだけの尺度で眺めていることになる。国際関係をこのように「弱肉強食」的メガネで見れば、強い相手には黙り、結局国際法など紙切れ同然になる。日本がローマ条約に大きな期待を抱かず署名もしなかったのも、理解できることではないのだろうか。

このような国際観は、一九世紀後半の帝国主義時代に開国した日本にインプットされたもので、「刷り込み」現象のように私たちの意識に残っているのではないのか。

強いか弱いかは、もちろん重要な要因である。でもこれだけが国際関係を見るメガネになってしまうと、国際社会で尊大になるか卑屈になるかの二つの行動パターンしかないことになる。これが不幸であるのは、多言を要しないのではないのか。

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