「欧州どまんなか」 March  25, 2003
イラクとインディアンと騎兵隊

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慣れないホテルのベットのせいか眼が覚めて、時計を見ると五時であった。まだ早過ぎると思ったが、ねられない。テレビのスイッチを入れると空襲に遭うバグダッドの町がうつる。

それは花火大会の一場面のようにみえた。米議会が戦争支持決議をしたとか、米政府がイラクの海外資産を接収したとか、世界各地で戦争反対デモがあったとか、アナウンサーが起こった事件を語っている。パレスチナ人の反戦デモがうつったが、たいていは花火大会の画面にもどる。画面は不明瞭であるが、煙と炎が動いていて、SFの宇宙人都市が破壊されているようでもあった。

眼をつぶると、前の晩歩いたエルフルトの町の姿が脳裏にうかぶ。川のほとりのところどころで、暗闇のなかから白壁を斜めに交差する木組みの商家が光に照らされて浮き上がっていた。耳をすますと水の流れる音が聞こえた、、、その瞬間、アナウンサーが発射され命中したミサイルの数を発表する。

飛んだ物体は落ちて何かにあたる。そう思いながら、うとうとすると、今度はアナウンサーが「米国の第七騎兵隊(カバレリー)がバクダッドをめざして進軍中」と告げる。青いシャツと白いズボンつりの制服を着て西部劇に出て来る騎兵隊の列がイラクの砂漠を渡る。私は一瞬奇妙な連想をした。そんなことはありえない、、、そのうちに、私はねてしまった。

八時のモーニングコールで起こされ、歯をみがきながら、「騎兵隊(カバレリー)」というコトバに「機甲部隊」という意味があるのを思い出した。

もうかなり前のことだが、「新たな米国の世紀企画(PNAC)」と称する胡散臭いシンクタンクがブッシュ大統領誕生前に現米政権のお歴々の委託を受けて作成したレポートが世界中のメディアで話題になる。

このレポートは、ライバルになる強国が生まれないようにする米国一極支配を実現する「世界改造案」である。イラク攻撃がその重要な一歩で、何が何でも戦争をしたがるブッシュ政権の真の意図をしめす証拠と当時見なされた。でも政治音痴の私に面白かったのは、著者が、海外の米軍を「米国のニューフロンティア(辺境)の騎兵隊」と表現した点である。

こうして、米国と国境を接していようがいまいが、世界中の国が米国の新しい「辺境」になる可能性がある。サダム・フセインなどの残酷な独裁者は、騎兵隊に抵抗するインディアンの酋長のようなものだ。そのように私に思われた。

もうかなり昔、インディアンの自然治療に関心を抱く妻がインディアン人権・自然保護団体に入会した。それ以来、ドイツに来るインディアンの音楽家や画家が、我が家に時々泊まるようになった。ある日の食事中、英語の下手な私が「米国と戦争して負けた日本」という関係代名詞の主語を苦労してつくってから、述語をくっつけようとした途端、あるインディアンの画家が「私たちは毎日負け続けている」と嘆いた。

米国から見て、昔対米戦争をしていた日本人はインディアンのような存在だったのではないのか。私はこんなヒガミに似た考えを以前からもっていた。大西洋岸の新天地に移住した人々が西に向ってフロンティアを開拓し、太平洋岸に達しても止まらず、東アジアに到来した。そして今では、地球上の遠い国まで彼らの「辺境」になり、「騎兵隊」などと口走る。

ドイツの知識人が米国史の「西漸運動」など聞いたことがないような顔をするのは当然である。でも私は、この点を見ないで済ます彼らの米国観にいつも違和感を覚えた。それだけに、西部劇のインディアン像の変遷についての本を書いた友人の映画評論家が、数年前私に、インディアンと第二次大戦中の日本兵士が似たように描かれていると指摘してくれたときには、心強い気がした。

「騎兵隊」というと、「あーの娘の黄色いリボン。誰に見せよか髪飾り」という歌の文句がそのメロディーといっしょに今でも私の耳の中に響く。子供のとき、遊び仲間の年上の男の子が元気づけによく歌ってくれたからである。

私の米国観は屈折している。西部劇の中でインディアンに襲撃される白人開拓者を見てハラハラし、遠くで響くラッパを聞き、ジョン・ウエインに率いられた騎兵隊が現われると、子供の私は安心した。私は今でも心のどこかでこの国が好きである。

米国・政治指導者の意識の底に存在する「ニューフロンティア」思想は人々を不幸にする。十七世紀にメイフラワー号で到着した彼らの先祖は、原住民がいるのに米大陸を無人の「辺境」と錯覚した。二一世紀の「ニューフロンティア」も中東を「新世界」と見なすことである。でも「新世界」など地球上どこにも存在しない。また中東の歴史は未払い借用証書の集積である。シンクタンクで「二一世紀は米国の世紀」の夢を見る人々とは、借金を誤魔化して「新世界」に逃げて行こうとする人々に近いかもしれない。

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