「欧州どまんなか」 April  22, 2003
名もなきアフリカの地で

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少し前の新聞にミュンヘン在住のカロリーネ・リンク監督がオスカーを手にしている写真が掲載されていた。彼女の作品「名もなきアフリカの地で」が米アカデミー「外国映画賞」をもらったが、彼女は生後7ヶ月の娘が病気で授賞式に出席せず、郵送されたオスカーがやっと到着したからである。

映画は一九三八年から四七までケニアで暮らしたユダヤ人家族の話である。彼らがドイツから移住したのは、ナチのユダヤ人迫害から逃れるためである。原作は当時子供だった女性の回想録であるが、リンク監督は、映画では母親である女性が自立していく過程に重点をおいたという。

子供の娘は原住民の料理人と親しくなり、近くの子供たちと遊びアフリカにとけこむ。この交流は感動的場面である。贅沢に慣れた母親のほうは、ケニアのサバンナでの掘っ立て小屋の生活など耐え切れない。弁護士のご主人は、英国人の牧場で雇われることで死をまぬがれることができたと感謝している。母親のアフリカに対する拒絶はナチの危険をご主人のように想像できないためでもある。

なぜユダヤ人はあの時逃げなかったのだろうか。これは後になってから多くの人が抱く疑問である。でもナチの権力奪取前にドイツに八十万人もいたユダヤ人が第二次大戦勃発時には4分の一以下になっていたので、大部分は逃げたことになる。映画の冒頭でご主人の父親が「二、三日でこの大騒ぎも終わる」とささやく。こう思っていた人も、また頼るツテがなくて逃げられなかった人もいて、当時の彼らの運命はさまざまであった。

映画の中で転機となるのは第二次大戦勃発で、英領ケニア在住ドイツ人は抑留される。抑留といっても、英国は彼らをホテルに住まわせ豪華な食事を出す。こうなったのは、英植民地には豊かな白人の世界か、それとも貧しい原住民の世界のどちらかしか存在しないためで、敵国民も白人である以上安楽な生活をしてもらうしかないからである。

戦争開始でご主人は英国人所有の牧場から解雇され、家族は住む場所を失う。でも抑留終了後、このユダヤ人家族も英国人と同じように原住民を雇ってトウモロコシ栽培をはじめる。これは亡命者が英殖民地体制に組み込まれることで、この関係はご主人が英植民地軍に奉職することで更に強まる。

英植民地で家族がこのような立場になったのは奥さんの功績で、これは彼女が抑留中知り合った英軍将校と性的関係を結び、彼の援護を受けたからでもある。

彼女はご主人の英軍奉職中にトウモロコシ農園経営の采配をふるう。これは、はじめアフリカを拒絶していたこの女性の大きな変貌で、リンク監督のいう女性が自立する過程である。女性が高度の教育を得て社会で出世していくだけなら男性と同じになることに過ぎない。私がドイツの女性から散々聞かされた「女性の自立」はそれ以上の意味がある。

表現しにくいが、ナチの危険を察してケニアに逃げるのが男性の論理とすれば、彼女たちの論理は、その場で自分の自然な感情に従がうことが一番よいことで、これを可能にする社会をつくらなければいけないといった考え方である。

女性が自立していく上で重要なきっかけになるのは性的関係である。映画の中での英軍将校との関係は対価のある性的関係である。この奥さんはご主人の最良の友人というべき男性とも関係をもとうとして、婚外交渉をタブー視する彼から叱られる。映画の中で(現実と異なり)どちらもしこりにならないのは、主人公の女性が自分の自然な感情に従って、女性として自立する道を歩んでいるからである。映画の中の娘はこれに協力的でないが、これは現実の世界でも同じである。

映画の中で奥さんのセリフを聞きながら、私には、今まで自分が周囲の女性から耳にした発言が繰り返されているような気がした。これは、映画が1930年代のアフリカに舞台を借りて現代ドイツ女性の自立のドラマを実現しているからである。

この映画は封切り当時主要新聞で酷評を受けた。これはドイツの奇妙な批評の伝統で、この映画が美しい映像にあふれ、また適度にメロドラマ的要素を備え、見ごたえのある面白い映画であることを意味する。

去年、AICのコラム「ブタになるか、ヤギになるか」のなかでメーキャップの仕事をし、時々私の散髪をしてくれるナンネさんについて書いた。彼女はこの映画の撮影で当時ケニアに滞在した。帰国後しばらくした頃、私の髪の毛を切りながら、アフリカ人から誇りと気力を奪ってしまった植民地支配に彼女が憤慨していたのを思い出す。

このユダヤ人家族にとってアフリカとは何だったのであろうか。ドイツに帰国する家族が乗る汽車が駅にとまる。バナナ売りの原住民の老婆に、主人公の女性が窓から「食べたいけれどお金がない」というと、老婆が一本めぐんでくれる。このラストシーンに、この女性監督が白人と原住民の関係に向ける視線が表現されているように思われた。

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