「欧州どまんなか」 June  17, 2003
縁起の悪い国

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最近新聞を読んだりテレビを見たりしているとドイツでも「デフレ」というコトバがよくつかわれる。これは、国際通貨基金(IMF)からレポートが出て、その中でドイツにデフレ危険信号がついたからである。

ドイツ人は、「デフレ」というと、物価が上がり通貨価値が下がるインフレの反対で、お金が出まわらず、需要が減り、物価が下がると説明する。その後失業者がふえて需要がへり、また雇用が失われ、この繰り返しという怖いことになる。

また話が、「もう何年前から苦しんで、そこから抜け出ることができない日本」ということになって、ドイツにはそのような危険のないことが強調される。ここから「我田引水」になり、金融機関に禄を食む人では「今こそ株のお買い時」になり、ドイツを「儲けのし放題の国」に改造したい人では、社会保障制度を縮小しなければいけないということになる。

でもドイツも日本のようにデフレになるだろうか。

似ている点をあげる。ドイツも数年前株ブームであった。夏には誰かの家でバーベキュー・パーティーがあると、多くの人がバカンスの話ばかりするのが普通である。当時は株ばかりを話題にしていた。この「株バブル」は三年ぐらい前にはじける。もうけたと思っていた人々がそう思えなくなった以上、財布の口をしめる。こうして需要が減り、以前のようにモノが売れなくなった。

その後ユーロ導入。エコノミストは口をそろえて否定したが、庶民には物価が二倍になったように思われて、これが買い控えに追い討ちをかけた。またイラク戦争でますます景気が悪くなり失業率も上昇、ゼロに近い低成長である。またドイツでも銀行の経営危機が定期的にささやかれる。

以前ドイツのメーカーはあまり値下げ競争をしなかった。それが「ケチは素晴らしいこと」というキャッチフレーズを誰かが考え出し、自動車メーカーもナリフリかまわない。信じられないように安い飛行機のチケット。例えば、私が日本と電話すると一分間に4〜5セント(邦貨で約6円)で、この通話料は以前と比べて本当に安い。

今ミュンヘンに短期滞在している大学時代の友人は最近、日本の「百円ショップ」ならず「99セント・ショップ」を駅の近くで見つけた。こうして価格が下がるデフレ気味で、日本と似ていないことはない。

ところが、友人は、単身赴任で外食が多くドイツの物価が高いことを嘆き、「吉野家の牛丼」の話ばかりする。また私の妻は野菜が高いといつも怒っている。こうなるとデフレどころの騒ぎでない。とはいっても、デフレもインフレも同じコインの裏表で、反転したことに気がつかないことがあるとされる。

またドイツの「株バブル」といっても日本のバブルと比べて規模が小さい気がする。とはいっても今回は米国を中心とする巨大な資産インフレと連結しているので予断が許せない。

今回のデフレ議論で、デフレ先進国・日本が「左から出てきた黒猫」のように縁起の悪い国として扱われた。これは、私に少々心外であった。

「縁起の悪い国」も成長率がゼロに近い。ゼロ金利を嘆く人がいるが、物価が下がるので、その分と相殺されいることになる。りっぱな点は、西欧社会のように失業者が増大していないこと。また円の為替レートも安定し輸入品が高騰することもない。起業家精神も旺盛で、「百円ショップ」も「99セント・ショップ」よりはるかに充実している。こう考えると、日本のデフレでは誰も迷惑を被らない。陰惨なイメージの過去デフレと比べて前代未聞の幸せなデフレである。「失われた10年」などというのは、本当は罰当たりなことである。

経済は微妙で、どこか自然の生命体に近いもので、自然療法のほうがいい。日本のデフレは、大騒ぎした人が疲れて休んでいるようなものかもしれない。需要がなくなって、ある業界が縮小するのは自然なことで、ほったらかしにしたほうがよいと考えることができる。ところが、そう考えることできずに、人為的に需要をつくって財政赤字を増やしてしまった。

日本の国債や円建債券は国際的格付機関から低く評価されている。これは、このような財政赤字の増大と、銀行問題でもたつき国民全体が保証人になってしまったからである。これは円の価値が下がるインフレで、現在のデフレが反転すると思われていることである。デフレとインフレを行ったり来たりするのも厄介である。でもこの問題も、先進国、特に米国もバブルを起こしたので相対化されて重要でなくなる公算が大きい。

よく耳にする「構造改革」は、この問題と直接関係がない。うまく行くと、関係のないことを議論しているうちに、問題のほうが勝手に消えていくかもしれない。こうなれば、これは本当に運のよいことである。

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