「欧州どまんなか」 September  09, 2003
グッバイ、レーニン

バックナンバー目次に戻る


「グッバイ、レーニン」は今評判のドイツ映画のタイトルである。今年のベルリン映画祭で欧州最優秀映画賞に輝き、すでに国内で六百万の観客を集めた。(映画は半年以上前から上映されているのに出不精の私は数日前に見たところである)。現在欧州隣国でも封切られ、今年秋の東京国際映画祭参加が予定されているという。



映画は冷戦が終了する「激動の1989/90年」に東ベルリンに住む家族の話である。母親は社会主義の理想を信じる模範的東独市民であり、ご主人が西独に逃げてしまったためにそうなった。このことが映画の冒頭で観客に知らされる。

1989年10月7日、母親は東独建国四〇周年式典に出かける。その途中、彼女は公安警察がデモする市民に襲いかかり、自分の息子まで逮捕するのを見てしまう。その瞬間、彼女は心臓発作をおこして意識を失う。母親は8ヶ月間昏睡状態にあり、病院で意識をとりもどしたときには、ベルリンの壁が開いたことも、東独国民が西側の豊かな生活を望んで共産主義体制が崩壊してしまったことも、いっさい知らない。

息子は、母親が退院後また興奮するようなことがあったら今度こそ死ぬと医者から警告される。彼は、帰宅した母親にショックをあたえないために、東独社会が変わってしまったことを隠そうとする。こうして、「79平方メートルの自宅」の中にドイツ民主共和国(東独)を存続させようとする家族の滑稽で涙ぐましい努力がはじまる。

母親はベットに寝たままであるが、このこころみは容易でない。例えば、息子が隣人・友人の協力で母親の誕生日を昔通りに祝うことができた。その瞬間、資本主義の象徴・コカコーラの宣伝垂れ幕が向かいのビルの壁をするする降りて来て、母親もそれに気がつくといった具合にである。

テレビを見たがる母親のために、息子は映画監督志望の同僚といっしょにビデオでニュース番組をつくる。そのためにニュース・ビデオを借りて編集し、同僚がアナウンサーの役割を演じる。コカコーラの垂れ幕の話も、この飲み物が本当は昔東独で発明されたもので、米メーカーがこの特許を認め、今や社会主義の飲み物になったという「国策ニュース」に変えられる。

寝たきりの母親のためにつくられるテレビニュースでは、「失業の不安で未来の希望を失った西独市民が東側に逃げて来て」、そのために東西ドイツ国境が開かれて、冷戦が終わったことになる。これを聞いた母親は逃げて来た西独市民に自分達の家を提供しようといいだし、息子はますます窮地に陥る。観客は、社会主義体制存続の虚構を保つために嘘をつき続ける孝行息子の努力に爆笑し好感を覚えるようである。

私もいっしょに笑いながら、数ヶ月前似たように嘘をついた別の男が思い出された。それはイラク戦争中、「大本営発表」をし続けたサハフ・イラク情報相である。不思議なことに、当時欧米諸国では彼のファンクラブができた。



サハフ情報相が当時人気者になったことも、観客が今この映画の主人公に共鳴することも、圧倒的に強い米国の軍事力、もしくは冷戦に勝利した資本主義に対する反感で、一種の判官びいきである。でも、それだけでないかもしれない。

嘘とわかる嘘は、それを逆さまにすれば真実になるはずである。ところが、今や多くの人が、逆さまにしたところで、真実でも嘘でもない胡散臭いものしか出て来ないことを感じている。だからこそ、彼らは、嘘とわかる嘘をつく行為のほうに共感を覚える。そうではないのだろうか。

現在、世の中が、冷戦時代の共産主義国家・プロパガンダ (宣伝)が描いた通りの世界になっていくように感じている人は少なくない。「グッバイ、レーニン」の功績は、コメディ・タッチでこのメランコリックな無力感を表現した点にある。

私の頭の中では、レーニンは帝国主義論と結びついている。百年近く前、この亡命ロシア人の眼には、世界が「帝国主義」という「資本主義のもっとも高度な発展段階に達し、瀕死状態にある」ように映った。でも資本主義はずぶといようで、この映画の中でも、ヘリコプターでベルリンの空から運び去られるのは解体されたレーニン像のほうである。

二一世紀に入った現在、かってレーニンが指摘した資本主義の矛盾は先鋭化するばかりである。地球上の富の偏在も、先進国内での貧富の格差もどんどん拡大し、実体経済と無関係な資本が地球上を瞬時に駆け回る。この金額をレーニンが聞いたら驚いて卒倒するかもしれない、、、、前世紀の昔あれ程たくさんいた左翼の人々は今どこにいるのだろうか、、、、



旧東独には、失われた社会主義体制を懐かしむ人が多い。「グッバイ、レーニン」の監督も脚本家も旧西独出身者である。私には、この映画が、統一後西側の政治家のどの演説よりも、東西ドイツ国民の心の中に残る亀裂を克服するのに役立ったように思われる。これも映画という媒体の面白いところである。

バックナンバー目次に戻る