「欧州どまんなか」 October  07, 2003
奇妙な「お国自慢」

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今、ミュンヘンはビール祭で飲酒運転の取締まりがきびしい。数日前、私は一滴も飲まず運転して深夜帰宅。パソコンでメールチェックをはじめながらビールをのみはじめる。

インターネット時代は便利で登録しているだけで、いろいろなところが無料でニュースを送ってくれる。まずドイツの代表的ニュース週刊誌「シュピーゲル」をあける。

「イラク、米安保理新決議案」「米国版ケリー事件」と走り読み。「日本人大集団のセックスパーティーに中国抗議」という記事に移る。買春旅行と思って「四百人の男性」「五百人の中国女性」という数字を眺めただけで、「ワレサ、六十歳」の記事に移る。「連帯」の議長だったこの人も昔「下半身」が話題にされたのを思い出し、今度は「ブレア首相党内で窮地」を読みはじめ、ビール・グラスが空なのに気がつく。

(ここからビール二本目)。その後米ネオコンの寄稿を読みはじめるが、その言い訳にビールがまずくなり、メールごと「ゴミ箱」行き。次にドイツの日本学関係者・メーリングリストから来た手紙を読むと、また日本人の「セックスパーティー」が話題になっている。

「、、、女性も自由意志だったという、日本企業スポークスマンのこの発言は、日本が戦時下アジアの女性にしたことを考えると、どこかで聞いたことのあるセリフだ。(事件の)日付を関係させると特にこの感が強まる、、、、ドイツ人が似たような挑発的で無神経な行動をするだろうか、、、」

とあり、驚いた私は「シュピーゲル」記事に戻ると、本当に「女性の自由意志」とある。でも買春旅行でハメをはずした会社が女性のほうに自由意志があったかないかを問題にするとすれば、それは、、、ここで私は、かなり前に日本で政治家が「強姦するほど元気になれ」と若者を叱咤したのを思い出す。ひょっとすると、四百人の日本男児が中国でとうとうこの奇妙な助言を実行して、五百人の女性を、、、、、

私はこの事件を報道する日本の新聞記事、また英語圏の新聞記事を幾つか読むが、どれを読んでも企業の社員旅行で買春してハメをはずした話しか出て来ない。

この企業のスポークスマンは、買春では合意が前提とされている以上、「女性も自由意志だった」などいう言い回しはしなかったのではないのだろうか。とすると、「シュピーゲル」の表現はかなり悪質である。こうしたのは、事件を「日本は、戦時下二十万人のアジア女性をセックス・スレーブ(性的奴隷)にして、それを否認している」という例の慰安婦の話にもっていきたいからである。

私の知る限り、この十年来、ドイツ人ジャーナリストの日本発の記事にはこのパターンのものが多い。なぜそうなるかというと、「、、ドイツ人が似たような挑発的で無神経な行動するだろうか」という上記の日本学関係者の発言からわかるように、「ドイツ国民は無神経でない」というメッセージで読者の優越感をくすぐるためである。世の中には、いろいろな「お国自慢」があるが、これもその一つである。

私は「お国自慢」をする人に好感をもつ。ミュンヘン市民が自分の町のビールが一番うまいと思うのは大好きだ。でも他国民を格下げする「お国自慢」は、「無神経」に近くなることもあるのではないのだろうか。

もっと警戒すべきは「お国自慢」のために現実が見えなくなり、常識を失うことである。金持ち国の男性が買春旅行にでかけるのは日本に限らない。ドイツをはじめ欧米男性のタイ詣では有名だし、ドイツ国境に近いチェコやポーランド側にはその種の施設が無数にある。その気になって国境をこえてポーランドにのりこむドイツ人がわざわざ歴史教科書を開けてドイツ軍のポーランド攻撃日「9月1日」を避けるであろうか。

セックス・ツーリズムは多くの国でしかるべき場所に行けば日常風景でニュースにもならない。ところが、例えばドイツ人がポーランドのその種の施設に行きドイツ国旗を手にして買春に励めば、これは政治的事件になる。中国側の報道が日本企業に類似点があったと主張しているのも、このためである。

「日本側に国民を中国の法律を守るよう指導してほしい」という中国の要求は国際慣習に合わない。自国の主権領土で不法行為を犯す外国人は遠慮しないで処罰すればよいし、それができなかったなら該当国に正式に捜査協力や犯人の引渡しを求めるのが常識である。欧州の政治家なら、中国の要求する「国民の指導」をあまりにも家父長的と感じ、同時に欧州に多数渡来する中国人密航者を考えて笑い出すかもしれない。

英語圏の新聞は、ドイツと異なり、事件を冷静に眺めているように思われた。「中国に、また反日感情で揺れる季節が到来した」という英国の新聞の表現も、この醒めた視線を物語る。桁違いに厄介な問題を抱えたこの巨大な隣国とつきあうために、私たちも、(ドイツの「お国自慢」にも惑わされずに)冷静さと常識と好意を失わないことが重要なのではないのか。

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