「欧州どまんなか」 October  19, 2003
欧州のタバコ撲滅運動・近況報告

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もう二週間以上も前のことである。深夜タバコが切れたので私は自動販売機へ足を運ぶ。2ユーロ硬貨を入れると中にあかりがともった。今度は1ユーロ。こちらは受け付けてくれず勢いよく転がって道端に落ちしまった。

あたりは暗く私は這いつくばるようにして必死で探す。イタリアかどこかよその国で鋳造された硬貨なのかもしれないと猜疑心にかられる。やっとこさで見つけてもう一度トライ。

買ったのをあけようとすると、ケースの下半分が黒縁で囲まれていた。その中から「喫煙」「死」という単語が私の眼にとびこみ、黒の縁で囲まれた我が葬式通知が一瞬眼に浮かび、私は眼をそむける。暗がりを歩きながらもう一度見ると「喫煙は死をもたらす可能性がある」と記されているだけであることに気がつき、私は少し落ち着く。

こうなったのは、私が知らないうちにEU加盟国厚生大臣の「共同謀議」が進行し、タバコ・メーカーはケースの表三分の一、裏面40パーセントに喫煙の害悪を表示しなければならなくなったからだ。「喫煙は死にいたる」「喫煙者は早死にする」「喫煙すると肌の老化が早まる」といった14の表示文句も法律で決められている。



写真の中では昔と今のパッケージが並んでいる。左側には「喫煙はあなたと身近にいる人々の健康を損ない、その被害は甚大である」と表示。それだけではない。私はこの数年来「マルボロ・ライト」を吸っていたが、この名称もあっさり消滅。というのは、「ライト」や「マイルド」といった表現もタバコの害毒軽視につながるので使用禁止になったからである。

加盟国のなかでドイツはEU決定実施を遅らせることが多く、こんなことは隣国ではとっくに実現しているそうだ。またドイツ政府は健康保険の赤字補填のために2005年までタバコ税を三度値上げし4ユーロにする。現政権は、海外派兵などの「対テロリズム戦争」コストをまかなうために今までも値上げし、その結果自動販売機のタバコはその本数をへらした。2年後には、ケースの中はガサガサの隙間だらけになっているかもしれない。

ある友人が日本で喫煙者は肩身がせまいとこぼした。ドイツはそれほどではないが、着実にその方向に進み、多くの家では外でタバコを吸うのが普通になってしまった。

いつか誰かのパーティーで妻が同行しなかったことも手伝って、先進国での喫煙撲滅運動の展開について、私は地元放送局勤務の女性喫煙者と話し込む。ほろ酔い気分で久々妙齢の女性を眼の前にした私の知ったかぶりと饒舌は止まらない。

私は、タバコ撲滅運動と現在のナショナリズムの勃興をむすびつけて批判。タバコを征服されたインディアンのアーリア人に対する復讐とみなしたナチの禁煙運動を論じ、私の関係妄想はヒットラーからフーコーの「権力論」に移る。

ここからは、性が衛生無害な管理下に置かれ、タバコのほうも公的空間から追放されてしまい、今や大人の喫煙がコドモのマスターベーション同然になった。この点で彼女と私は意見が完全一致して、彼女も私もタバコが吸いたくなり暗がりの庭に出たが、これからは、この場面で私がタバコを取り出した途端、「喫煙は血行を悪くしインポテンツもたらす」とケースに表示されている可能性がある。

喫煙する私は、喫煙撲滅運動のおせっかいを滑稽に思わないことはない。でも本当のところは、タバコがおいしくないこともあって、私自身も昔からタバコをやめたいと思っている。

昔、母が私に確か「愛煙家になりたいあなた」とかいった題名の本を送ってくれて、私は少し読んで気分が悪いのでやめてしまった。今回もこのコラムを書き出す前に本を探したが発見できなかった。これは、私が書棚でこの本を見ないようにするうちに、本のほうが遠慮して消えてしまったことになる。

妻からもいつか、私は「とうとう禁煙できた」といった調子の本をクリスマスにもらった。彼女はこの本で自分がやめられたと主張する。読まないでいると彼女からあまりにもなじられたので、私も旅行中重要箇所に線を引き185ページを読了。読んだかどうかを確かめる彼女の質問にすべて回答。あきれる彼女の顔を見ながら、私は昔日本で流行った「わかっちゃいるけどやめられない」という歌の文句を思いだした。

少し前娘がインターネットで見つけたホームページで私の平均喫煙本数を聞き、663.31ユーロのタバコ税と175.20ユーロの付加価値税、総額838.51ユーロを、私が年間支払っていると計算してくれた。タバコ税が値上がりすると総額1203.51ユーロ(約15万4000円)も支払うことになると彼女は警告。

隣国オランダではこのキャンペーンで喫煙者の15パーセントが節煙や禁煙を考えているという。過去、私は事故や手術で入院すると最長一年あまりの禁煙に成功した。でも私は禁煙するために自分の入院を望むべきでないと思う。

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