「欧州どまんなか」 October  28, 2003
NGOと国家の相違

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米国には「シンクタンク」がたくさんある。ドイツの学者は「象牙の塔」にこもるのが好きなところがあったので、昔はそんなものなどなかった。でも時代の流れに抗することできずこの頃はたくさんある。

私の家から10キロほど離れたところに以前あった「学問と政治・財団」という機関もその一つで、外交関係のシンクタンクである。ドイツは連立政権で大きいほうの党が首相を、小さいほうが外相を出す。でも首相も外交に口を出したいので、このシンクタンクができたといわれる。

このシンクタンクは自動車で10分、駐車に困る町中でなく原っぱにあったから私には便利で、以前よく出入りした。残念なことに三年ぐらい前にベルリンに移転した。それでも誰かがときどき書いたものを送ってくれる。かなり前もそうで、私は送られたものを読みもせずほったらかしにしておいた。

少し前無数にある書類を整理しながらこの論文を捨てることにし、お別れの挨拶にあける。「北朝鮮─長引く紛争」とある。今こんなものを読む時間などないと思うが、そのまま捨てるのも悪い気がした。急いでいるときには、私は左クリックのままマウスを右スクロールに合わせて巡航速度でダウンし、横書きドイツ語を縦書きの日本語とみなして、読むというより羅列する単語を眺める。

論文は、核問題・第一回六者協議が終わった後で書かれたもので、北朝鮮核問題の経過報告である。私は右スクロールをダウンさせるスピードを早めた。そのうちに、「日本」のことがでてきたのでスクロールの速度をゆるめる。日本が、拉致被害者家族の日本居住を要求して北朝鮮と対立しているとある。その次に、

「……このために、他の協議参加国は交渉で第二の戦線が開かれないように気をつけなければいけない」

とある。この箇所で思わず、私はスクロールを止めてしまう。ここで「他の協議参加国」とは、北朝鮮の核保有に反対している米、中、ロシア、韓国である。著者は、これらの国が拉致問題のために「第二の戦線を開く」こと、核問題と拉致問題をリンクすることを賢明なことでないと思っている。

ドイツ人の外交専門家がそう考えるのは、拉致問題が日朝の二国間の問題であり、核問題のほうは核不拡散に反対する国際社会の大多数の国に関係する問題だからである。これは、この人だけでなく、おそらく国際社会の率直な立場であるように思われる。多くの日本人はこのように思っていなくて、この点に関して国際社会と日本の間に大きな認識ギャップがあるのではないだろうか。

この一年間私は、日本の首相が外国の要人と会見したり国際会議に出席したりする度に拉致問題を訴え、相手国が日本の立場を支持したり、共同声明に拉致問題が取り上げられたとかいう記事を何度も読んだ。(私はその度に全部の新聞を調べたわけでないが)、これは日本国内だけで流れているニュースで、これも日本と国際社会の認識ギャップの反映である。

今夏小泉首相がオペラ見物に欧州に現われたときもそうで、日本人らしく、ドイツやポーランドを「関係者」と見なして、自国の意図・事情などを説明したり了解を得たりする「根回し」をしていると、私ははじめのうち思った。

もしかしたらそれだけではないのではないのか。なぜ日本の首相がドイツやポーランドの首相に北朝鮮を悪いと思ってもらう必要があるのだろうか。日本の首相は、「捕鯨が悪い」と訴えるNGOの代表者ではないはずである。というのは、日本は外交主権をもつ、れっきとした国家であり、自国民が拉致された日本の首相は(国際社会と無関係に)自分がそれを悪いと思い、問題解決にあたればよいからである。

なぜ日本は、この問題を厄介な国際問題にリンクして、自国の外交主権が制限されたと感じないのだろうか。でも日本の外交はいつもそうでなかった。「平壌宣言」までは、日本はヘマがあったかもしれないが、外交をしてきた。国際社会の誰もが認める、あの厄介な北朝鮮とあそこまで漕ぎつけて、自国民の拉致を認めさせたことは日本外交の誇るべき成果であった。

その後、拉致被害者が帰国し、日本政府は、盛り上がった国民感情に便乗して、「帰国拉致被害者とその家族の永住帰国」決定したことがきっかけで、日本が国家でなくNGOの眼で国際社会を見るようになったのではないのか。あの決定は、私の眼には、小村寿太郎が締結したポーツマス条約を、時の首相が日比谷焼き討ち事件に参加して燃やしてしまったような奇妙な話である。

こうして外交主権を自分から放棄した日本政府は、国際社会でがんばっていることを自国民にアピールしているだけである。どう考えても悲劇的な運命にある拉致被害者が、このような政府によって幸せになるとは私には思えない。

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