「欧州どまんなか」 November  04, 2003
あたりまえのことを不思議に思う

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11月に入って、テレビをつけるとどこかの放送局で「ベルリンの壁」があいたころの話をやっている。この事件はドイツ再統一を成し遂げた東西ドイツ国民だけでなく、ドイツに長いあいだ暮らす日本人の私にも重要な出来事であった、、、、、、

事件当時、日本のマスコミにはドイツ語を解する人が少なかったらしく、取材にあたって私のような頼りない人間を通訳としてやとった。このような事情から「ベルリンの壁」があいてしばらくした頃、私はある日本の新聞社から派遣された女性記者といっしょに仕事をすることになる。

彼女は子供のころ海外で暮らした「帰国子女」で、話す英語に米国訛りがあった。ドイツ誤訛りの下手な英語を使うドイツ人と彼女が話しているのを聞くのは、私には痛快であった。

そんな彼女が私に、なぜ東西ドイツ国民が統一を望むのか理解できないと、語った。彼女は子供のころ外国だけでなく関西でも暮らしていたらしく、関西弁の私としばらく話しているうち自分も染まってきたのか、「そのへんのところがどうしてもわからん」と何度も繰り返した。分裂国家の国民が元の鞘に戻ろうとするのはあたりまえのことと思っていた私には、何か彼女の疑問が場違いに思えた。

当時、作家のギュンター・グラスは分裂前の統一ドイツが「アウシュビッツ」でユダヤ人を虐殺し、自国民も隣国も不幸にしたことを理由に統一に反対、話題を呼んでいた。私が知ったかぶりしてこの議論に触れると、彼女は自分の疑問と関係がないという。この作家はドイツ国民の統一への願望を前提としたうえで、我慢すべきだと主張していたので(私は後で気がついたのだが)、彼女が自分の疑問と無関係である思ったのは正しかった。

私には、彼女がドイツの事情に無知であるために、あたりまえのことを不思議に思っているような気がした。西ドイツの憲法というべき「基本法」にも統一がうたわれていると私が指摘すると、彼女は、「(彼らは)もう何十年も別々の国で暮らしているのに、なぜこのままでいいと思わへんの」といった。

彼女と私は3週間近くも無名・有名の無数の人に出会い、他のこともたくさんきいたが、彼女はいつもこの質問をした。あたりまえに思っていることをきかれたドイツ人には、私たちを無知な外国人と思って、ビスマルク以来のドイツ史概論をはじめる人もいた。よく戻って来る回答は「東西ドイツ国民が同一のネーションに属するから」であった。

この回答は私を混乱させた。というのは、欧米語にある「ネーション」という単語が曲者で、辞書には「国家、国民、民族」と三つの訳語が並んでいるからである。

最後の訳語をあてると、回答は「東西ドイツの住民が同一の民族に属するから」の意味で、ドイツ民族とはドイツ語を話す人々になり、その結果、なぜそれならオーストリアやスイスのドイツ語圏の人々とも統一国家をつくらないのか、という話になる。

ネーションの訳語に「国家」とか「国民」をあてると、「本来」ということばを補わないと同語反復なり日本語にならない。そのようにすると、回答は「本来、東西ドイツ国民は同一の国家(民)に属するから」となる。

そうなると、今度は東西ドイツ国民が半世紀近くも不完全な、本来国家と呼べない状態で暮らしてきたことになる。ところが、現実には(妻を含めて)、西ドイツ国民は自国をそんな本来の状態でない不完全な国と考えていなかった。

また東独国民が外国旅行をできないことや、商品の種類が少なく、バナナやオレンジを買えないために自国を本来国家と呼べない状態と考えるなら、その状態をなくせば済み、一つの国になる必要などないように思われた。

彼女がいったように「もう何十年も別々の国で暮らしているのに、なぜこのままでいいと思わへんの」にならないだろうか。それなら東西ドイツ国民がいう国家とは何なのだろうか。

私は自分より一回り若い元「帰国子女」が考えている世界にすっかり引きずりこまれていることに気がつく。同時に欧米人は、ネーションというあいまいなコトバがあるために、多くのことを考えないで済ませているように思われた。

その女性と知りあったために、あたりまえのことを不思議に思うように自分が変わった気がすることがある。それまでは、私は金もうけをして家族の安寧を祈願し、ドイツ人が書いたり言ったりすることを「郷に入れば郷に従がえ」で素直に受けいれていた。ところが、そんな遠慮がなくなり、かえって、ドイツが(おそらく日本も)自分に身近になったように思われる、、、、

欧州と日本を往復する彼女とは、その後も私は何度かいっしょに仕事をした。彼女が自分に重要なきっかけになったので、私は一年あまり前、彼女が勤務先の新聞社を辞めたと聞き、寂しく思った。

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