「欧州どまんなか」 November  18, 2003
私は選挙権を行使しなかった

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ベルリンのホテル。朝食をとりながら新聞に眼を走らせると「コイズミはかろうじて試験に合格」とある。この見出しを見た私の心が晴れやかでないのは、自分がまた選挙権を行使しなかったからである。

もうかなり前から私も選挙できるようになった。これも海外在住日本人が長年に渡って運動した成果である。当時、私は運動に共鳴した。ミュンヘン総領事館に用事があって顔を出すたびに担当者が熱心に手続きの説明をしてくれる。私は今度こそ選挙権を行使しようと決意するが、先送りしているうちに結局選挙が終わってしまう。本当にふがいない。

こうであるのは私が面倒臭がりであるためであるが、それだけではない。インターネット時代がはじまってから私は日本の新聞記事に眼を走らせるようになって、小泉首相が自民党で菅直人が民主党であることぐらいは承知している。またイラク問題に関しては与野党に相違があるのも知っているが、内政問題となると私には本当によくわからない。

私の無知は努力不足の結果といえる。でも日本の政治の分析を専門とするドイツ人も、日本の政治がはっきりしないとこぼす。彼らに政党間の相違がピンと来ないのは、メディアでの報道の在り方と関係があるのではないのだろうか。

どんなテーマでもいい。医療保険などの社会保障問題、出産前診断の是非といった生命倫理、鉄道交通、金融問題、、、、ドイツで暮らす私が誰かから調べろといわれれば、インターネットで検索して数日間集中的に主要メディアの記事を読むだけで問題の輪郭がある程度まではっきりしてくる。特定の問題についてドイツの主要政党間にある政策上の対立点も、また共通点も理解できる。(日本の政治に関心を抱くドイツ人はそのようにことが運ばないことを嘆く。)

このようなにわか勉強でも各々の政党内でどの政治家がどの問題に詳しいかもわかる。というのは、そのような政治家が党の政策を決め外にむかって説明し、メディア関係者も彼らの話を聞き報道するからである。彼らのなかには長い間自分が担当するテーマと取り組んでいて政治家になった人が多い。

日本の政治を研究するドイツ人によると、日本の政治報道の特徴は、政治家の人柄や節操ばかりを重視する点にある。政治家の私生活が過度に問題にされ、政治家の浮き沈み、人事問題、政界の権謀術数に大きなスペースが割かれるのも、この報道姿勢の反映である。この結果、報道全体が「戦国列伝」に一歩近づくのではないのだろうか。

政治家が国民のことを考えてくれることが問題とされるのも、私たちが良い政治家を昔領民に気配りした「名君」と重ね合わせているためではないのだろうか。ときには政治家が愛人をもつことが、奇妙なことに、国民の幸せを重視していない証拠と見なされ、「経済封鎖」と「経済制裁」の区別もできない政治家が現われても、多くの人は誇大妄想と感じない。

政治家の人柄や節操を重視するために、報道にあらわれる政治家の発言も短く情報価値に乏しい。これも発言が政策の説明というより、政治家のパーソナリティーを示すもの、例えば身につけているはネクタイの色と同列に扱われているからではないのだろうか。

また同じ発言が繰り返されて報道されるために、発言は標語かスローガンのように響く。どこの国でも、選挙がはじまれば、「スローガン対スローガン」の情緒的な票集めになる。発言が政策説明でなくスローガンなら「選挙戦」が四六時中続いていることになる。どこの国でもメディアは与党政治家に照明をあてるので、政権担当政治家は絶えず一方的に「選挙戦」を展開していることにならないだろうか。この事情も、日本でよその国より政権交代が容易でない理由の一つである。

標語かスローガンのような発言を並べられても政党間の政策上の対立点などはっきりしない。今回は「マニフェスト選挙」で政策的議論に近くなったようにいう人がいるが、「三百万の雇用創出します」とか「経済成長を実現します」は目標であり政策でない。このような立派な目標の達成に反対する政党は存在しない以上、政党間の政策上の対立などはっきりしてこないのではないのだろうか。

政治家、官僚、報道の三者の絡み合いは政治文化の重要な要素で、国によって異なりまた文化であるために意識されにくい。政策論議は日本では長年にわたって政治家というより官僚が密室でやってきたのではないのか。そのために、メディアは政策実現過程を相対立する政治的議論としてではなく、どちらかというと出来上がったものとして報道し、それとは別に政治家の浮き沈みを描く「永田町」報道があった。

この分裂した構造こそ、ドイツ人研究者が日本の政治の不透明を嘆き、政党間の政策上の対立がはっきりしない理由と思われる。このように考えると、報道する側も他人事のように改革を要求しているだけでは済まないことになる。

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