「欧州どまんなか」 December  16, 2003
今から起こること

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日本は、第一次湾岸戦争で多国籍軍に加わらず拠出金を払った。国際社会がこの経済的貢献をちゃんと認めてくれなかったと怒ったり、恥じたりする人が日本に当時多かったし、今でもそう思っている人がいるそうである。

でも、これはかなり日本的反応である。というのは、日本と同じように参戦せず金だけ出したドイツでこう考える人は例外に属するからだ。この相違は、日本が国際社会を「近所つきあい」と勘違いして、町の共同行事のお手伝いをしなかったためにひとりで肩身の狭い思いを味わっているだけではないのか。

集団防衛体制・NATOに属するドイツには、冷戦時代東から攻撃されたら抗戦する用意はいつもあった。ところが、ドイツ国民は自衛と直接関係ない武力行使には本当に慎重であった。これは、この国も日本と同じように第二次世界大戦で敗戦し侵略戦争をしたと非難されたからである。

現在、七千人のドイツ兵士が外国に派遣されている。これには今昔の感がするが、今までの経過を見てきて日本人として私に羨ましかった点が二つある。一つめは派兵によってナショナリスティクな感情が強まらず、かなりビジネスライクに進行したこと。二つめは自国兵士の派兵について政治的な議論があったことである。

自国兵士が発砲を受け、撃ちかえす状況は劇的である。ドイツ兵が第二次世界大戦終了後はじめて外国領土で銃撃戦にまきこまれたのは、1997年3月14日アルバニアの首都であった。当時この国でネズミ講式投資会社が破綻し全土で暴動が起こる。危険に陥った外国人を緊急避難させるために、ドイツ軍も英米軍といっしょに急遽出動した。翌日「チラナの英雄」という見出しをつけた大衆紙があったかもしれないが、ドイツ社会の反応は全体として本当に冷静であった。

自衛隊は近々イラクに派遣される。日本兵が第二次世界大戦終了後はじめて外国領土で戦闘にまきこまれ、死者・負傷者が出る状況が発生するかもしれない。

このような場合、日本のメディアは、今までの例からわかるように、兵士の遺族だけでなく、彼の小学校の同級生や校長先生までも取材し報道するのではないだろうか。その結果、日本で多くの人々が自国犠牲者に感情移入して、社会の反応が情緒的になるのではないのだろうか。

この結果、この自衛隊員の死を「無駄死にしてはいけない」という声が強くなる。また派兵という政治的決断の是非を問うことが、死者の冒涜と見なされ、政治的責任も問われなくなる。その結果、「テロに屈してはならぬ」という合唱になり、多くの人が黙るしかなくなる。私はこのように議論がなくなる事態が日本で到来することをおそれる。

1997年ヘリコプターで着陸して、アルバニア人暴徒に発砲したドイツ兵士について、私は当時ドイツのヘリコプターで避難した日本人から詳細に話を聞いたことがある。その人によると、ドイツ兵は、英米軍なんかより遥かに勇敢でテキパキと行動したそうだ。こうして誰もが彼らのしたことに感謝し、アルバニア人もドイツ兵士を侵略者とは思わなかった。

イラクに派遣される日本の自衛隊が直面する状況は、当時ドイツ兵士が置かれていた状況とは、本当に程遠い。でも、なぜ日本政府は自国兵士を、その目的に国民の多くが納得していないのに、危険にさらす決定をしたのであろうか。これは、憲法九条論争と関係があって、日本の現政権が今回の派兵で既成事実をつくろうとしているからではないのか。

戦争する権利は近代国家の主権とされた。こう考えると、日本の憲法九条は敗戦国に対する主権制限になる。もう半世紀以上を続くこの議論では、この制限を屈辱と感じる人々と、制限を未曾有の幸運と肯定する人々が対立する。でも日本の外では事情が変わってしまって、この国内的議論そのものが時代錯誤になった。その結果自衛隊員がイラクで自衛のために発砲しても、国家主権の回復と見なすこことも、既成事実をつくったと考えることもできないのではないのだろうか。

例えば、この数年来指摘される「戦争の民営化」という現象もその一つである。数日前の英国の「ガーディアン」の記事によると、イラクに対して米軍は最大派兵国であるが、二番目は9900名の兵士を送った英国でなく、戦争業務を引き受けた私企業で、その派遣社員数が一万人もいるとされる。また米議会を通過したイラク・アフガニスタン関係軍事予算870億ドルの三分の一はこのような私企業に直接支払われ、またドンパチする戦線でも兵士十人に一人は公務員でなく「国際警備会社」の社員であることが指摘される。

このように国家と「国際警備会社」の区別もはっきりしなくった以上、軍事主権を行使する国家とは請求書を出さない奇妙な「国際警備会社」に過ぎないことになる。このような事情を頭の中に入れておくと、今から起こることに対して、私たちは冷静に対処できるのではないのだろうか。

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