「欧州どまんなか」 December  23, 2003
ドイツのタクシー

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「あれー、ベンツばっかりだ」と友人は駅前のタクシー乗り場で驚いた顔をする。彼によるとベンツは日本では高級車だという。そのベンツが、乗っていただきたいとばかりに行列をつくっている、これはいい気分だと昔から無邪気な友人がよろこび、私も一瞬自分がドイツで暮らしていることにうれしくなった。これはもう20年近くも前のことである。

ベンツというと日本では値段がべらぼうに高く、大金持ちや有名芸能人や野球選手が乗るクルマというイメージが強い。この豪華な自動車というメルセデス・ベンツのイメージはドイツにもないことはない。

指揮者ヘルベルト・フォン・カラヤン全盛時代のザルツブルクの音楽祭。クラシック音楽ファンにめだつ場所にカラヤン専用駐車場があり、そこにはベンツかポルシェか、どちらかの自動車がいつもとまっていた。これは、どちらの自動車メーカーもこの音楽祭の後援をしていただめである。


ドイツでのベンツのイメージは大金持ちとか上流階級とあまり結びついていない。信号で眼の前に止まったベンツの後方バンバの下に何か奇妙な金具がついているのに気がついた人は多いはずである(上の写真参照)。私に帽子掛けのように見えた頑丈な金具はトレーラーを牽引するためにある。お肉屋さんのご主人がトレーラーにブタを乗せて運ぶ光景を、私は何度も見た。多くのドイツ人にとってベンツは、カラヤンというより町のお肉屋さん屋やパン屋さんのご主人、職人の親方(マイスター)たちが乗っているクルマである。

このクルマは昔からこわれない、長持ちする、また性能がよいとされてきた。安全で事故に遭っても生き残る可能性が高いと信じられている。ベンツは高価かもしれないが、その値段はこのような長所を考えると納得できるもので、このクルマを買うことは贅沢でなく必要な投資と見なされた。

ベンツがタクシー業界で70%以上の圧倒的シェア−を誇っていたのも、早い時期にディーゼルエンジンやオートマチックを手がけたこともあるが、長持ちで丈夫だからである。一台の自動車が何十万キロも走行し酷使されるこの業界では、最初少々値段が高くても、ならしてコストがあまり発生しなければ必要な投資になる。メーカーのダイムラー・ベンツのほうも、タクシー業者には修理も早くしたり、特別価格を設定したりするなどだいじなお客として扱ってきた。



ドイツでタクシーに乗ることはベンツに乗ることである。このタクシーとして築きあげ、ドイツの職人のマイスターと結びついた丈夫で長持ちと経済性のイメージは、ドイツの国外、例えば日本で流布している上流階級や贅沢のイメージとはギャップがある。

今年に入ってから、ベンツは重要なタクシー市場での売上げを30%ぐらい減らしたというニュースが流れる。これは去年売り出され、たくさんのエレクトロニクスが搭載されているEクラスにタクシー業界が顔をそむけたからである。彼らの論理でいえば、こんなものは、こわれれやすくコスト増大になるだけである。

ベンツは長年ドイツを代表する企業であった。数年前、米自動車メーカー・クライスラーと合併し、その後日本や韓国のメーカーと組んで世界戦略を展開しているが、今までのところその目論見の多くは裏目に出たように思われる。

シュトットガルトに本社があるこの会社は、つくり慣れた自動車を売っていればもうかってしかたがない企業である。日本でいえば先祖伝来の饅頭をつくっていれば絶対にもうかる会社のようなものだ。この会社の運が悪いのは、ビジョンをふりまわし、メディア受けのする人が社長になることといわれる。

前世紀の八〇年代、経営状況が悪化した企業をおだてられて買収しているうちに多角化戦略の展開ということになる。こうして航空産業にまで進出。成功する多角化は自分の仕事がなくなることおそれる従業員の声に聞き耳をたてることからはじまるので、よく知らないよその企業の社員の面倒をみることではない。でも、ベンツはこんな原則は無視。その結果大損するが、九〇年代社長交代するまで本業がもうかっているので問題にならない。

この後、本業復帰を決意。但し、自動車業界が世界中でオーバーキャパシティになりつつある現状を無視。今まで絶対もうかったマンジュウ屋の三代目が、もうマンジュウでもうからない時代が到来したことに眼を閉じて、全世界にマンジュウを売るのが生き延びる唯一の道と勝手に思い込んでしまうのと話が似てくる。この「世界戦略」のお陰で、米国や日本で経営が傾いた企業の面倒までみなければならなくなってしまった。

九〇年代、グローバリゼーションの掛け声で振れ過ぎた企業は現在たいへんである。ベンツのタクシーに乗るたびに、私はこのように思えてしかたがない。

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