「欧州どまんなか」 January  06, 2004
平和主義の衰退

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新聞を読みながら、「ワシントン三万、サンフランシスコ四千、ソウル四千、アンカラ二万、トウキョウ五百」という数字が私の気になった。これは、過ぎし年の秋が深まる頃のことである。数字はマグドナルド・チーズバーガー売上げ数でなく、自国兵士のイラク派遣・駐留に反対するデモの参加者数である。ちなみに、韓国ではソウル以外の町で盛大なデモがあったといわれる。日本では、どうしてデモに参加する人がこれほど少ないのだろうか、、、、

大晦日、イラク北部キルクークの町でアラブ人と少数民族トルクメン人のデモ隊がクルド愛国同盟(PUK)の建物に発砲し、警察隊(=クルド人)が応酬した。その結果デモ隊側の三人が死亡し多数の負傷者がでる。翌日二人のクルド人が仕返しされてナイフで刺し殺される。米軍はこの一触即発の状況を沈静化するために夜間外出禁止命令をだした。

イラクには昔、北にクルド人南にアラブ人が居住し、両民族を分ける緩衝地帯にトルコ系の小数民族トルクメン人が居住していた。キルクークが油田で重要になったために、サダム・フセインは原住民だったクルド人を強制的に追い出してアラブ人を居住させる。

フセイン政権崩壊後、今度はクルド人民兵が北イラクでアラブ人、トルクメン人、キリスト教徒のアッシリア人を追い出すためにいやがらせをしていると何度も報道されている。

周知のように、韓国は4月からキルクークを含むアタミン州全域に約3000人の兵士を派遣する。民族紛争ははじまる前に、はじまってもなるべく早い時期に介入したこほうがよいことは、EUのマケドニア介入で証明済みである。また米国はクルド人とフセイン打倒で共闘した以上、アラブ人の眼には中立でないので、韓国兵士のほうが現在駐留する米173空挺旅団より治安維持のために適切であると思われる。

韓国の派兵は、米国の戦争を追認し、また石油に対する米国の「劣情」を遂げさせ、ブッシュ再選の手助けになる。これらは残念であるが、派兵が血を血で洗う民族紛争や内乱の阻止につながるなら、無視できることである。

ほぼ時を同じくして、日本の陸上自衛隊もイラク南部ムサンナ州・州都サマワに派遣される。この町に駐留しているオランダ軍と住民との関係は良好で、その理由を取材した記者の記事が米国の新聞に掲載されている(http://www.csmonitor.com/2003/1219/p06s01-woiq.html)。

傲慢でイラク人の感情を逆なでにする米軍とは異なって、オランダ軍は(この記事によると)イラク文化やイラク人の異なった価値観を尊重した。例えば、容疑者の家宅捜査にあたってもイラク人警察官を用い、また容疑が間違っていた場合には翌日に食料品が入った包みを届けて謝意を表明するといった具合に気配りをした。

少し前オランダ兵士の発砲事件があったが、責任者や犠牲者に対する処理も迅速であり、この点でもイラク住民を射殺しっぱなしの米軍とは相違する。とはいっても、米軍が襲撃される「スンニー・トライアングル」と比べて、サマワを含めてシーア派地区が安定しているのは、穏健派指導者が住民の心をしっかりと握っているためといわれる。住民の不満が強まるとこの状況が変わるとよく心配されるので、自衛隊の派遣もこの地域の安定化のために重要な役割を演じることになる。

日本でいわれる自衛隊の派遣目的は、この地域での医療、給水・給電などのインフラ復旧・整備といった人道的支援のためである。でもこのためだけなら装甲車、機関銃、無反動砲等で重装備した自衛隊を送る必要がない。ところが、武力を背景にした治安と秩序の回復なしに人道援助をすることが容易でないことは欧米のNGO関係者がよく指摘する点である。

例えば、戦闘終了して間もない昨年の5月20日サマワで給水状況を調査したOxfamというNPOのアレックス・レントンさんは、住民が地下水道管の地上監視地点のバルブをこわしてそこから水をくんでいる状況を日記の中で記されている(http://www.oxfam.ca/news/Iraq/RentonReport4.html)。サマワ市水道局員がいうように「こんなことは、旧体制下では銃殺ものであった」。

とすると、派遣されるのは、NGOでなく、武力を背景に治安を回復できる組織でなければいけないことにならないであろうか。これは、私にとって少なくとも議論に値する問題である、、、、ここで冒頭の問いにもどる。平和主義者はどこの国でも必要な存在であるので、日本での動員力が五百という数字は私を不安にする。どうしてこうなってしまったのだろうか。

例えば、日本の平和主義者は「武力では平和は生まれない」とか「再び戦争の道をたどるのではないか」とかいったセリフをよく口にする。どのセリフをとっても、私はイラク人や国際社会が今直面している問題と結びつけて具体的に考えるのに困難を覚える。動員力が少ないのは、多くの人が私と同じように考えて、平和主義に紋切り型しか感じなくなったからではないのだろうか。

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