「欧州どまんなか」 July 25, 2001                                        目次に戻る
Shall We Dance?

 

私のダンス歴は古い。町内会の盆踊り、それから小学校の運動会でも踊ったのを憶えている。

「良い大学に入ったら人生で何か良いことがある」と思って受験勉強をした高校時代、私は一度だけフォークダンスをした。

当時の私には、セーラー服に包まれた同級生は遠くの別世界の存在であった。それなのに、彼女達は私に手をさしのべてくれる。その手を握り、私は見よう見真似で皆と同じ動作をする。私は興奮し、自分の顔がほてるのを感じた。こうしていつまでも校庭でおどりつづけたいと思った。「人生で何か良いこと」とはいったい何なのか。私はそう思った。

次にダンスと関係をもつのは、私が1968年、大学在学中にドイツへ行くことになったときである。誰かが「ダンスができなければいけない」といったので、素直な私はダンス教室へ行き、一回30分の個人レッスンを受けることにした。

能面のような美しい顔の女性ダンス教師がチョークで床に足を置く位置をしるした。私にダンスのステップを教えるためである。それを見ながら、私は子供の頃にやった「ケンケン」と呼ばれた遊びを連想した。それは「パ・イ・ナッ・プ・ル」といいながら道路の上にチョークでしるされた箇所に足をのせて進む遊びである。

私は今ダンス教師の「1、2、3」と手をたたくのに合わせてあの時と同じようなことをする。そう思って、私は「ケンケン」の要領でぴょんぴょんと難なくステップを踏んだ。

このステップの練習が続き、最後の五分ぐらいで先生がレコードをかけて、今度は彼女を抱きかかえていっしょにステップを踏むことになった。ところが、「ケンケン」はいつもひとりでしたので、勝手が違ってうまくいかない。

二回目も同じ経過で、私が一人でステップの稽古をする。そして最後の五分間は先生と揃い足踏み。先生は私が進歩しないことに苛立ち、私のダンス感覚の欠如を嘆いた。私も同感だった。というのは、私も踊っている感じがしなかったのである。

三回目も同じ経過で、先生は私を象に喩えた。私は「ケンケン」には昔自信があったので、この比喩に気を悪くした。私は帰りの電車の中で、レッスンをやめることに決め、突然明治の「鹿鳴館」を思い出して日本人はダンスなどできなくてもいいと、一生懸命自分に言い聞かせた。

ドイツで私は寄宿舎付きの語学学校でドイツ語の勉強をする。一ヶ月したところで、誰かの誕生日を祝うと称して、学校の食堂でパーティーが開かれた。

ダンスができない私はその種の機会はさけようと思っていたのに出て行く。食堂には踊っている人もすわって話している人もいた。私はすわっている人達のナカマにはいった。

私はダンスをしている人々を眺める。リズムの激しい音楽で、人々が自分勝手に身体を動かしているように見えた。しかしそのステップには私の見ぬけない法則性があるようにも思われた。踊っている顔見知りが私に手をふる。礼儀正しく私も手をふりかえした。皆が楽しそうにしているので、私も努めて笑うようにした。

誰かが私に踊らないのかときいた。私は答えずに笑った。そのうちに曲がかわった。近くに、同じクラスのリヨン大学から来た豊満で大柄な女の子が座っていた。彼女が私に笑いかける。それは、笑いかえすだけではすませてくれない笑いだった。

私がタバコを買うために立ち上ると、彼女も立ち上がってしまったのである。こうして私達も踊る。私もリズムに合わせて身体を動かした。むずかしくない。何曲かそうしていると私に余裕が生まれた。今度は、自分の眼の前で踊るフランス人に「私は今踊っているでしょうか」とお伺いをたてたくなった。音量が大きく彼女には聞き取れない。そこで、この疑問文を彼女の耳の近くで繰り返した。すると彼女は踊るのをやめてしまった。私は自分の質問を後悔し、詐欺がばれたようにあせる。

その時、曲がかわってスローになる。周囲では皆が身体をくっつけてユラユラと動きはじめた。私を驚いて見つめる彼女を、私も何事もなかったかのように抱きしめた。そして私達もユラユラする。私は彼女の身体の感触がよいのに感動した。その後ずっと、私達は身体を速く動かすのとユラユラを繰りかえした。彼女も「楽しい」と何度も言い、私も同意した。また本当にそうだったのである。その晩をきっかけに、日本で暮らしていたときに気にしていたことが私にだんだん重要でなくなる。

その後、ダンスといえば女性を抱きしめて低速でユラユラするのと、高速で身体を動かすだけの二段変速方式の時代が三十年以上も続く。三年前から月に一度、私は近所の中年夫婦が一時間ぐらい踊ってから飲み食いするダンス講習会に出るようになった。今では、私もワルツやタンゴを踊る。ドイツでは、社交ダンスが中・高年齢夫婦の和合によいとされている。

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