「欧州どまんなか」 September 19, 2001                         目次に戻る
世界を震撼させた日

 

その日、私は5時半に起きて7時15分の飛行機でベルリンからフランクフルトへ行く。飛行場から30分足らずでマインツ。午前中に二人の人に会って、午後2時から、あるテレビ放送局でお話しをうかがう。

体よくあしらわれた私たちは、長い廊下を歩きながら反省のための議論。エレベーターから出ると、ロビーの隅のテレビでは高層ビルが火事で煙が出している。

「ニューヨーク」「世界貿易センター」「アラブ人テロ」「米経済の心臓部」といった単語がキレギレに聞こえる。一瞬だけ、私は、証券アナリストになり、ニューヨークで暮らす姪のことを思い出す、、、次の人に会うためにもう時間がない。誰もいない広いロビーの入口に急ぎながら振りかえると、何台も並ぶテレビはどれもこの放送局の人気番組「デリック」をうつしている。それは田舎の結婚式の場面であった。

その晩フランクフルトからまたベルリン。ホテルに通じる道路は交通止め。警官が立っているのを見て近くに米国大使館があるのを思い出す、、、部屋に入ってテレビをつけると、昼間の場面を繰り返している。ビルにぶつかる飛行機。建物の反対側から砂のようなものがほとばしる。

熱い風呂。100頁ぐらいあるザクセン州州議会議事録をベットにねころがって読みはじめる。明日までに全部読めなくてもいい。まず部分に集中すること。テレビに時々視線を向けながら、私は自分にそう言い聞かせる。

テレビでは、混乱状態、よろこぶパレスチナ人、記者会見、そしてビルにぶつかる飛行機の場面。「パール・ハーバー」というコトバが何度も繰り返される。でも、私は議事録に集中できた。そのうちに、私が暮らす国の首相がでてくる。「我々ドイツ国民は米で起こったテロ行為にただ愕然としている。これは文明世界全体に対する宣戦布告で、、」

それまで無感情であった私は突然憤りを覚える。私の頭のなかで次のような問答がはじまる、、、<またお得意の「文明対野蛮」の図式ですね。戦争もテロも「別の手段による政治の延長」ですよ。それなら、何がテロを、戦争や、力のある国々の正体不明の武力行使から区別するのでしょうか。相手が「野蛮」だからか、それとも姿を見せないこと、それは相手が弱いことでテロになるのですか? それなら、あなたの「文明」とは、、>

翌朝、ザクセン州の議員と電話インタビュー。非難の根拠となる内部資料をファックスすると彼に約束してもらい、私は満足する。そして次の場所へ大急ぎ。お昼頃、帝国議会の向かいにある約束の建物に行こうとすると、また警官のトウセンボウ。議会で予算審議が中止になって閑になった政治家のご意見拝聴。そしてウンター・デン・リンデンを通ってホテルに戻る。米大使館に通じる道路の角にたくさんの人々集まり、ロウソクや花を地面に置いているのを、私は見た。私は、ミュンヘン行きの飛行機の時刻ばかりが気になり、急ぎ足になる。

翌朝10時、私はミュンヘンの地下鉄のなかにいた。突然、電車が止まる。車内放送で「ドイツ国民はテロ犠牲者の冥福のために5分間黙想する」ことになったのを知る。心貧しい私には約束の時刻が気になる。誰かが大きなイビキをかいて居眠りをしていた。その日も、一日中何かワサワサと働く。帰り道、市庁舎の前には「和解と愛と神の御心のみが憎悪と暴力に打ち勝つことできる」という垂れ幕が下がり、たくさんの人が集まっていた。誰かの「宣戦布告」より、こちらの方がまだいいと思いながら通り過ぎる。

翌日、目覚まし時計より二時間前に眼が覚める。もう眠れない。突然姪のことが気になる。なぜ今まで姉に電話しなかったのか、私は。ところが、今度は電話をするのがこわくなる。

電話に出た姉は、私の娘に送ったお金が着いたかどうかを私に問いただす。私は答えられない。娘はドイツの週刊誌を一ヶ月に一度だけ姉に送る。その一年分の代金のことである。「94階で窓のない部屋にいたの。お客さんといっっしょで。同じ階で逃げられた人もいた、、、」

姉は、姪のご主人がニューヨークに行くことができないことを嘆く。私は、姪に何が起こったかを理解した。姉は、また週刊誌の代金のことばかりを気にする。私が「そのことはいいから」というと、「でも重要なことなのよ」と私を叱る、、、、

姉と私は年齢が親子のように離れている。姪が生まれたとき、末っ子の私は妹ができたようによろこんだ。赤ん坊の彼女は、何かあぶないことをして、私が抱いて連れ去ろうとすると、怒って私の肩に噛みついた。いつも痛かった。最後に会ったのはドイツで二十年近く前のことである。その後結婚して、銀行に勤めるご主人の赴任で渡米し、英文科出身なのに証券アナリストになる。

しばらくして起き出した娘に、姉の送金が到着したかどうかを、私もきく。娘の答えを、私は上の空で聞いた。

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