「欧州どまんなか」 July 11, 2001                                              目次に戻る
ドイツ人・女性フェミニストとの電話

 

「ヤンキー・ゴーホーム。米兵大量強姦、日本人大抗議」
という大衆紙の見出しが駅のキオスクで私の眼にとびこむ。数日前のことである。

これは、日本でも盛んに報道されている沖縄で起こった婦女暴行事件である。確かに大衆紙はドイツでも事実を誇張する。でもそれだけでない。「大量強姦」と書かないと、この国の大衆に日本国民がなぜ「ヤンキー・ゴーホーム」と怒るのかが理解できないからである。

電車のなかで私は、数年前ドイツ人の女性フェミニストとの電話を思い出した。当時も沖縄で類似した事件が起こった。

もしかしたら、ドイツの米軍基地でも似たような事件があるのではないのだろうか。メディア関係者が当然考えることである。新聞を検索しても出てこない。またこれはと思われる人に電話をかけても誰も答えられない。

(私を含めて)多数の男性は特定の状況で「劣情」をおぼえ、なかには不祥事を仕出かす人もでてくる。この国に米軍兵士は多数いるし、「特定の状況」も繰返して起こると思われる。「何か」が起こらないはずはない。そう自分をはげました。

この種の事件に対して誰が敏感であるか。それは米軍基地の町か、近くの都市で女性の人権保護に携わる人々である。適当と思われるフェミニストの運動組織を見つけ、電話攻勢を再開する。「聞いたことがない」と返事をする人ばかりである。こういうときは、こちらの要件に関心を持ちじっくり思い出してくれる人を見つけよう。そう私は自分にいいきかせた。

とうとう、私はひとりの女性フェミニストを見つけ、話し込むことができる。彼女も、米軍兵士の性犯罪の例を知らなかった。私が日本の事情を話しはじめたら、雲行きがおかしくなる。「米軍兵士」に固執する私に、電話のむこうの彼女は妙に絡んできた。「強姦は誰がしようと女性の性的自決権の侵害で、刑法上の問題です」と私に説教する。

私を救いようのない人種差別主義者と彼女は考えている。そう私は感じた。「あなたは米軍兵士の強姦が同国人の日本の男がする強姦より悪いと思っているのですか」という彼女の声を聞きながら自分が消耗していることに気がつく。これ以上話すのをあきらて電話を切った私は複雑な気持であった、、、

何万人もの米軍兵士がいれば、なかには不祥事を仕出かす人もでてくる。これは、ドイツ人青年を何万人も集めれば、女性の性的自決権を侵害する男性が含まれているのと同じ理屈である。誰かが当時いったように「米軍兵士の犯罪は統計の上では外国人犯罪に含まれている」。要するに、米軍兵士の不法行為に普通の刑事事件と見なされているのだ。

日本でこう考えるのは本当に難しい。事件がいつも日米間の感情的「政治的事件」に発展するからである。

突然、私は奇妙な空想にふける。またあの時の女性フェミニストに電話する。今度こそ私は日本のこと理解してもらおう、、、、、

多分彼女は事件を次のように理解するのではないのだろうか。
「複数の男女が夜遅くバーで飲んでいた。途中からナカマに加わった男たちの一人が、帰路その一人の女性の酩酊状態を悪用した。同意していると勝手に思って、事に及ぶのは女性の性的自決権侵害である」
そして、「似た事件はミュンヘンでもパリでもニューヨークでも恐らく毎晩のように起こっている」と嘆き、男性一般を批判するのではないのだろうか。

前回、私は「米国兵士の性犯罪」を繰り返し「人種差別主義者」扱いをされた。今度こそ絶対スマートにやる。そこで容疑者は男性一般でなく特定の男性で、それも日本にある米軍基地の兵士であることを彼女にやんわりといって、すかさず容疑者の特殊な立場から捜査が簡単にはかどらないことや、日本と米軍基地の厄介な関係を彼女に訴えて嘆いてみせる。

ここまでは成功。でもいつか、彼女は「駐留外国人兵士は、外国人旅行者と異なりドイツでも刑法的手続きが煩雑だ」といいだすに決まっている。手続きの問題も相互の信頼関係を築き上げることで改善できると彼女は私をはげますかもしれない。刑事事件が日米間の「政治的事件」になるために手続きが円滑に進まないのではないのだろうか。そう彼女は私に問いただす。

ここで黙ってはいけない。「そのような側面は否定できない」と彼女に花をもたす。そしてチャンスをとらえて、沖縄県民が戦時・戦後も極めて不幸な境遇にあったことや、その結果不公平にも米軍駐留基地も集中していることを私は説明する。また米軍が、ヨーロッパと異なり軍事力を縮小しないことを嘆く。

でも、もしかしたら日本国内での米軍基地偏在も、極東での安全保障問題も戦争と関連するが、被疑者が米国の職業軍人だからといって、今回の事件と無関係だといって彼女はまた怒りだすかもしれない。事件が一人の青年の私的行動で、軍事的・政治的性格をもたないといって私を困らせる、、、、、、

今度こそあのフェミニストを私のペースに巻き込むつもりではじめた私の架空の会話はここで頓挫する。

同じ事件でも、日本と「欧州どまんなか」ではパーセプション・ギャップは大きいようである。

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