「欧州どまんなか」 May 30, 2001                                    目次に戻る
サッカー、にわかファンの弁

 

「日本は昨日健闘しましたね」
インタビューが終わって帰りじたくをはじめた私達に、ある政治家がそう話しかけた。パリのサッカー世界選手権で対アルゼンチン戦の翌日のことである。

試合を見ていなかった私は驚くと同時にうれしかった。サッカーで日本がドイツ人にほめられるなんて、私は期待していなかったのである。憲法の前文ではないが、日本もこれで「国際社会において名誉ある地位を占める」ようになった気がした。

帰宅してから、私はサッカー世界選手権テレビ見物に熱心になる。日本が出る試合を含め、たくさんの試合を見た。もしドイツと日本が試合することになれば、母の国でなく父の国を応援すると横で見る息子に約束させたほどである。

二重国籍の息子にとって、日独対決は万国のナショナリストが一致団結して心配する状況である。ところが、この状況は日本がクロアチアに惜敗し実現しない。仇討ちをするはずのドイツもこのクロアチアに大敗を喫してしまった。

このように、日本の世界選手権出場がきっかけで私はサッカーファンになる。でも当時、私は日本のホープ・ナカタも知らず、後で日本から来た知人から聞いて「あの髪の毛を染めた子ね、、、」とやっと特定できた程度のにわかファンであった。

長年ドイツに暮らしていてサッカーに関心を抱かなかったのはヒイキするチームがなかったためである。世界選手権、欧州選手権、チャンピオンリーグなどドイツ国民に重要な決勝戦を私は見ているが、それは友人同士が集まってサッカーの重要な試合を見る習慣があるからである。

誰といっしょだったかは憶えていても、試合のほうを私は忘れている。私は義理で見ていたので、別にドイツに勝って欲しいと思わなかった。面白いことに、日本を応援するようになってから私はドイツを応援するようになる。

昔、旅行中ある町で昔の友人に電話をして会いたいと伝えた。ところが彼は態度をはっきりさせない。しばらくして奥さんからホテルに電話があり、その理由がわかり、彼女とだけいっしょに食事をすることになった。

ご主人はルール地方の炭鉱町ゲルゼンキルヘン生まれで、その晩、故郷の町のチームがUEFA(欧州蹴球連盟)カップ決勝戦に出場しテレビの前から離れられないとのことであった。

ご主人は歌謡曲が嫌いなドイツの知識人を絵にかいたような人で、大学の先生であった。かなり遅くなって上機嫌でレストランに現われた。上機嫌の理由はいうまでもない。

サッカーファンが徒党を組んで、ひいきチームの旗をかつぎ大騒ぎしながら町中を行進していることがあるが、秩序にうるさいドイツ人もサッカーとなると寛容になるようだ。

最近ミュンヘンに帰る汽車のなかで、そのような熱狂的サッカーファンと話した。彼らはオランダ国境のエムデンという小さな港町からミュンヘンへ行くところであった。その晩、ドイツ名門クラブのバイエルン・ミュンヘンとスペインのレアル・マドリーが対決する欧州チャンピオンリーグズ準決勝を見物するためである。

翌朝の4時発の汽車で9時間かけて帰宅するとのことで、彼らが応援するチームが負けると侘しいので勝って欲しいと語った。(幸いバイエルン・ミュンヘンは準決勝にも、また数日前の決勝戦にも勝ち欧州チャンピオンになった)。

彼らは普通遠いバイエルン・ミュンヘンでなく地元のクラブを応援し、そのクラブこそ一番好きなチームだと私に告白した。

「セ・パのペナントレース」の試合のあいまをぬって米韓日上位球団の「勝抜き戦」が実施される。タイガースファンが一番好きなチームが出場しないので、勝ち残った読売ジャイアンツを応援する。彼らの告白は理屈でいうとこんなふうになる。

欧州サッカーでは、このように「二君にも三君にもまみえる」ファンが多い。もしかしたら、サッカーほど「グローバル化した世界」を示すものはないのかもしれない。

こどもの時に好きになった地元のサッカークラブ。そのチームには今や多くの外国人が働いている。別の町、別の国に住むようになって第二、第三の地元チームができる。

国内だけでなく、国境を超えてクラブ同士が試合する。時々、国毎の欧州選手権や世界選手権が自分の所属する国家を思い出させてくれる。国内のクラブ同士が戦うだけの「ドイツだけのサッカー」しかなければ本当にさびしいと私は思う。

今日本で野茂やイチローや新庄の活躍に喜ぶ人々はこの「日本だけの野球」に退屈していたからではないのだろうか。