「欧州どまんなか」 September 26, 2001                       目次に戻る
読者への手紙

 

前回の「世界を震撼させた日」を書く前、自分の私事を、それも読む人が驚いたり、心配したりすることを書くことにためらいをおぼえました。姪のことを知ったのが金曜日です。締め切りは土曜日、それまで書こうと思って準備していたテーマで書くことができませんでした。誰だって何か書く場合、自分のテーマは重要だと感じていないと書けないものだからです。

そこで、自分が事件を知ったときから、その事件に自分の親族の一人が関係していることを知るまで、題名の「世界を震撼させた日」のカギ括弧がはずれるまでの間、自分の見たことや、自分の反応や印象、感じたことをそのままリアルに書こうと思いました。これなら何とか書けると思ったからです。実際、そんなものになったはずです。

でも、これはコラムとしてどこかルール違反です。完結していません。「それで、どうなったの」と思われる方や、心配される方がおられるような気がします。一度ルール違反をやったので、もう一度ルール違反をして友人に書くような手紙というかたちでなるべく率直に書こうと思いました。

まず姪のことです。その後、姪の主人が、続いて姪の直ぐ下の妹がニューヨークに赴いたそうです。どこかの病院に担ぎ込まれているのではないのだろうか、という一縷の望みを姉や義兄がもっているからです。親として当然なことです。

私はその後、姉とは話していません。今ニューヨークに行っている別の姪とは出発前に電話で話しました。それから京都にいるもう一人の姉とも電話しました。

二人が話したことからわかるのは、その日、姪は朝早くお客さんといっしょに「窓のない部屋」にいたそうです。私は64階と思ったのですが、京都の姉は63階といっていました。最初に飛行機がぶつかった建物ではなく、二番目にぶつかった建物にいたそうです。姪は証券関係の何とかトラストという米国の会社に勤務していました。七百人ぐらいの従業員のうち三百人が下に降りてこられて助かったそうです。

隣の建物に飛行機がぶつかり、直後多数の人が逃げたのですが、姪は逃げ遅れたことになります。仕事熱心で「株はさがったときがお買い得」などといっているか、持っていく書類を整えているうちに遅れたのだと思うとかわいそうです。

でも、すごい混乱状態で何が起こったか、本当のところ、分からないと思います。確かなことは、姪の米人アシスタントは逃げることができたことです。その女性が興奮して姪のご主人に電話してきてくれたそうです。姪の近親者が知っていることは彼女が情報源だと想像します。

姉も義兄も、なるべく普通の生活をしていて、お客さんを迎えたりしているそうです。ニューヨークに行った姪によると「その方が、気がまぎれるから」だそうです。

私はコラムに書いたように二十年近く姪に会っていません。その間、ドイツに暮らしていて姪のことなどあまり考えませんでした。だから、これからもあまり考えないで暮らそうと思っています。考えなければ心配しないで済むと思います。

次に、前回の「コラム」にならないコラムを書きながら考えたこと、後になって考えたことを書きます。というのは、いつも下らないことかもしれませんが、自分の考えたことを書いているからです。

地球上のどこかである不幸な大事件が起こり、多数の人死にがあったとき、国民によって色々反応が違ってくるというのが「コラム」の本来のテーマです。そこに書いた通り、私の立場は二つしかありません。それは、
A.:無関係な第三者で、無感情でいるか、それとも
B:当事者(事故に遭った犠牲者の近親者、縁故者)
です。

それに対して、私の周囲のドイツ人は、AもBもあり、同時にAとBの間にさまざまな中間項というべき行動様式があります。それは献花や記帳であったり、ロウソクを灯すことだったり、議会が予算審議を中止して、米大使夫妻を招き、議員皆が死者に対して黙祷したりといった儀式があるのです。

どこかで多数の人が死ぬ事件があったとき、中間項の儀式、すなわち集団的表現形式が日本社会ではあまりないのではないのか。書いてからそう思いました。それは、どこか「他人の死」とは近親者、「内輪だけのできごと」であると、私達は考えているからではないでしょうか。これは、私達がその種の儀式に対して不信感を抱くことと無関係でないと思います。近親者だけが本当に悲しいのに、あまり悲しくない人が悲しい顔するなど、どこか僭越であるし、空々しいと私達が感じているように思われます。

だからこそ、コラムを読んだ私の友人の一人が、手紙のなかで「親族以外の他人がこういうことに何かさしでがましい口をきくべきではないと思っています。ただ、深い悲しみと同情をもって貴兄のコラムを読みました」と書かれたのだと思います。
これはストイックな態度です。

次に、私自身のAの無感情も、この友人に共通するところがあると思います。コラムでは表現されていないかもしれませんが、私も、多数の人死にがあったかもしれないけれど、遠い国で見も知らない人だから悲しむ資格もないし、そんなこと僭越であると、ベルリンやミュンヘンの町を歩きながら、どこかで考えていたと思います。同時に、そう思わないドイツ人を「この人達についていけない」とか、どこかで感じ、苛立ちを覚えていたような気がします。

周囲の人間とのギャップを見ないようにするために、自分は忙しいと、自分に言い聞かせているところがあったなと、後から思いました。いずれにしろ、「死とは内輪のできごと」という日本人らしい考え方に、私は導かれて感じたり、考えたりしているような気がします。

このように考えると、「死とは内輪のできごと」と考える国で育ち、自分の親族の葬式ぐらいしか経験しなかった政治家が、国際社会で表現不足になるのは仕方がない気がします。でも、国際社会で、「高倉健」のようにコトバ足らずではうまくいかないと思う人がいれば、その人に賛成します。また最初心が伴っていなくても、儀式につきあっているうち心も変わるし、表現しないと、どこか始まらない感じもするからです。

次に、私達が「死は内輪のできごと」と考えていることと、このような事件が起こったときの報道の在り方と無関係でないと思います。本来無関係な人にも「他人の死」を感じてもらいたい、そのように表現したいと思ったら、どうしても視点を近親者、遺族に置くことになると思います。

日本で事件が起こったら報道陣が近親者に殺到するのは、そのためであるように思われます。多くの場合は、近親者に「近親者」の役割を強制することになり、時には人権侵害のようなことがあると、最近日本のメディア関係者に聞きました。

次に、今回の事件についての報道のされた方です。ある日本のメディア研究者は次のように書いておられます。

「…翻って日本のメディアはメディア・イヴェントとして連日報道するものの、なにか上っ面のはしゃぎを感じるの筆者だけであろうか。日本人の犠牲者、会社の名前とが連日報道され、やはり、日本にとってのアメリカ報道の域を出ない。…」

日本にいないので、この批判がどこまで正しいかわかりません。日本の報道が、今書いたように近親者に視点に置く以上、「日本人の犠牲者、会社の名前とが連日報道され、、」ということになるのかなと、私は思うだけです。

ちなみに、私が聞いた限り、ドイツの報道では、Bの当事者・近親者の立場が本当におろそかにされ、建物のなかに事務所をドイツの会社の名前が幾つかあげられた程度です。ドイツも百人以上犠牲者があるのですが、個々の人々、またその近親者にテレビはあまり関心を払わず、米国人近親者が家族の名前を街頭でぶら下げたりしている映像を流した程度だったそうです。

ドイツ社会全体が今回の事件には仰天したというのは確かで、民間テレビは哀悼を表現するために三日間コマーシャルを自粛し、すすんで巨額な収入を放棄したこともそのあらわれです。