「欧州どまんなか」 October 31, 2001                              目次に戻る
「最古の職業」が並みの職業になる

 

古いものが由緒あるものとして尊重されることがある。人類史上「最古の職業」と呼ばれる売春は事情が少々異なる。というのは、少し前の10月19日にやっと、売春を職業として認める法律がドイツの連邦議会を通過したからである。

今までドイツでは、「対償を受け、又は受ける約束で、不特定の相手方と性交すること」を禁じる日本と異なり、売春そのものは合法であった。但し売春は、従来の判例で「公序良俗に反する」とされ、民法上の契約として認められていなかった。また刑法にも「公序良俗に反する」この行為の助長を禁ずる条項が設けられていた。

新法案では、「性的サービスを提供し、その対償を受けること」が契約関係として明示され、刑法にある売春助長禁止条項が除かれている。これからは、売春者も裁判所に訴え、未払い代金を請求することができる。今までその権利が国家に保護されていなかったために、売春婦はニラミを効かしてくれる「恐いお兄さん」に頼り、搾取されることが多かったのである。

こうして売春が職業として認められるので、今後は自営業者としてだけでなく、他人に雇われて性的サービスを提供することができる。売春を組織する者は、今まで売春婦に施設や用具を使用させ、法外な使用料をとり、その結果両者の関係は搾取・従属関係であった。これが普通の雇用関係になる。また今後は職業を偽ることなく、社会保険(失業、年金、健康)に加入できるようになる。

次は変わらない点である。子供がトラックの運転手になれないように、業界で働く者に年齢制限が設けられているのは従来と同じである。営業する場所も、(原発ほどでないが)近くに住みたくない人も多いので、今後も地方自治体の管轄下に置かれ、制限されたままである。

ここまで読んで「売春を職業として認めるのは、暴行、強迫、人身売買をする暴力団を増長させるだけだ」と心配する人が出て来るかもしれない。このような人に、立法者は、売春が職業として認められていなかったために、業界全体が非合法になり、これら刑法上の違法行為取締りが困難であったことを指摘する。また長期的には、法案成立がかえって業界と暴力団の腐れ縁を絶ち切るのに役立つと主張する。

今回の立法は、現政権の連立協定の合意事項であった。「この法律で、売春に対する道徳的ダブルスタンダードに終止符を打つことができた」と担当大臣は述べた。確かに人口八千万人の国で、40万もの人々(大多数が女性)がこの業界で働き、日々約120万人が性的サービスの受けている。このことを考えると、今までの状態は本当に偽善的であったのである。

1999年に実施された世論調査によると68パーセントが売春を職業として認めることに賛成した。これは、賛成者が売春をりっぱな職業を思っていることでない。賛成した人々は、ただでさえ社会のなかで烙印を押され、差別・搾取されている人々が法的に無権利な状態のまま放置されることはおかしい、と感じたのである。

ヨーロッパには昔から「売春廃止運動」があった。廃止主義者は、キリスト教、社会主義、あるいはフェミニズムといった立場から、売春を悪いことと見なし、この悪に染まった人々を救ったり、今後染まらないようにしたり、あるいはこのような悪がはびこらない社会をつくろうと考えてきた。

七〇年代に入ってから別のタイプの運動が欧米で生まれる。それは売春婦や元売春婦の権利獲得運動で、目標は法律改正をして職業として認めさせることである。八〇年代のはじめ、ドイツでも、「売春がない社会の到来を待たない女性たち」のこの運動が盛んになる。九〇年代に入ってから、私は取材で運動に携わる人々に何度か会ったことがある。多くは元売春婦で、現役の売春婦のためにソーシャルワーカーとして働いていた。

キリスト教的伝統が残るドイツ社会で、売春をタブー視し、また差別する価値観は日本よりはるかに強い。ドイツ語の「娼婦」というコトバには、上品な人が口にするのをはばかる響きがある。それなのに、彼女達は自分たちの運動を敢えて「娼婦運動」と呼び、差別をなくすことに重きを置かず、売春を職業として認めさせる法的側面を優先した。

法案作成者は、今まで売春が反するされた「公序良俗」という概念が「正しく考える人の誰もが尊重する礼儀正しさ」という1901年の判例から踏襲されたことを指摘した。一世紀近くたった現在のドイツには、当時と同じように「正しく考える人」もいる。またそう考えない人もいて、価値観に関して種々雑多な社会になってしまった。

私は、運動に携わる女性たちとお話しするたびに、他人の価値観を変えようとするのでなく、法改正を目標に説得する彼女たちのリアリズムと賢明さに共感を覚えた。そういうことがあったので、うっとうしいニュースが続く昨今、今回の法案成立は、私には本当に朗報であった。