「欧州どまんなか」 May 23, 2001                                          目次に戻る
ユーロビジョン・ソング・コンテスト

 

最近私はエンジン燃料供給機構の特許の翻訳を引き受けた。依頼者はいそいでいないと強調したが、この甘言にのらずに私は仕事をはじめる。ある土曜日の夕方のことだ。

私は昔からテレビを見ながら翻訳をする。チャンネルをまわしていると欧州歌合戦、ユーロビジョン・ソング・コンテストの中継があった。コペンハーゲンでやっているという。

音楽は仕事の邪魔にならないので大歓迎。そう思った途端、二、三年前子供達と見た同じ番組の中継を思い出した。母親は歌謡曲を軽蔑するので、子供達は遅くまで起きてテレビを見る許可を私に求め、私もいっしょに見たのだと思う。

この国別コンテストでは好きな歌手に電話で投票ができる。当時娘と息子のお気に入り歌手が別々になり、電話の取り合いで大騒ぎになった。ところが、今息子は泊りがけで岩登りにでかけ、娘は遊びに行ったままで、私だけが見ている。

すでにはじまっていたらしい。アイスランド代表・好青年歌手の横で二人の妙齢な女性が邪魔するように身体をクネクネさせている。彼は無視して歌い続ける。私はクネクネに気をとられてはいけない。そう思って「空気とガソリンの最良な混合比率に戻るように設定され、、、」という訳しかけの文章に戻った。

次はボスニアの男性歌手。メロディーが中近東の音楽に似ている。コペンハーゲンの聴衆も異文化を感じるらしく、終わったときの拍手もそれに応じたものであった。

翻訳を続ける私は妄想にふける。このボスニア代表の後に和服姿の美空ひばりが現われる。そうだ「リンゴ追分」がいい。観客は不思議な節回しとメロディーに唖然とする。彼らは良いと思わないかもしれないが、何かを感じる、、、、

コンテストの方はどんどん進行する。私は時々視線を向けるだけで「燃料供給機構」の翻訳のほうもはかどった。そのうちに、二人の女性歌手が自分の横腹を手で叩きはじめた。私は驚いた。画面の隅の表示から、タヌキのように腹鼓を打つ女性はスウェーデン代表であることがわかる。

スウェーデン代表の一人もそうだが、故意に短い上着を着てオヘソを見せる女性が多い。13歳の我が娘もそうである。数ヶ月前やめさせようと「風邪をひくから」と私が注意すると、彼女は見透かしたような笑いを浮かべた。それ以来私は娘のオヘソについて何もいわないことにしている。

ポルトガル語らしき歌詞が流れた。画面を見ると本当にポルトガル代表で、黒人歌手と歌っている。この時私ははじめて重要なことに気がついた。もう多くの国の代表が出たが、その大部分が英語で歌っていたのである。

これまで自国語で歌ったのはボスニアとイスラエルだけであった。ロシアさえ英語であった。トルストイとチェーホフの国がである。今度は、オヘソより歌詞の言語が気になる。

この後、自国語で歌ったのは仏、独、スペイン、トルコだけで、ギリシアは歌詞の半分以上を英語で歌った。東欧、バルト・北欧の国々は全部英語であったことになる。バルカンのスロベニアやクロアチアの代表までが英語で歌った。

昔はこれほど多くの国が英語で歌わなかった。人口が少ない国民は話相手が少ないので(?!)外国語が上手になる。また国内市場も小さい。だから英語で歌って外国でのヒットをねらうのは当然である。ところが、人口の少なくない東欧の国までが英語で歌いだすのは不自然で良い兆候ではない。

今年グランプリを獲得したのは掛け合い漫才のような歌を披露したエストニア代表であった。

東西関係が緊張し平和デモが盛んであった80年代前半、純真そうな少女が「冷戦下・前線国家」西ドイツ代表となり、「平和を少しだけ」願う健気な歌を歌った。彼女は優勝したが、これは金髪でイタリアなど南欧の男性がナンパしたがる風貌だったからでもある。

ドイツが優勝したのはこの時だけである。ドイツが弱いのは、自分は大衆でないと思い込む人々がこの社会で歌謡曲を忌み嫌うことと無関係でない。今回もドイツ代表が「恋に生きるものは不死である」という歌詞の曲を歌ったが、フィッシャー外相ほど多数のヨーロッパ人の共感を得られなかった。

このような歌謡曲の歌詞を陳腐と感じて毛嫌いするドイツの知識人も、類似した文句を英語で聞くと気にならないようである。自国の歌謡曲に対する彼らの大人気ない拒絶を、第三帝国下大衆文化を組み込んだ民族共同体的思考に対する無意識・過激な反動と見なす人々は少なくない。

その晩、このようにけっこう楽しみながら、私は翻訳アルバイトの半分近くまで仕上げることができたのである。