「欧州どまんなか」 December 12, 2001                               目次に戻る
二つの「アフガニスタン

 

近所に住むフローニおばさんがアフガニスタンの話しをするととまらなくなる。そう昔誰かが警告した。彼女は1959年から68年までカブールで暮らした。冷戦下のアフガニスタンは東西両陣営の援助競争で、御主人が水力発電所建設や電話線整備をうけおったシーメンス社に勤務していたからである。彼女の「アフガニスタン」は平和であった頃のアフガニスタンである。彼女は平均的ドイツ人よりはるかにアフガニスタンに詳しい。でも、彼女は爆撃をくりかえす米国に憤慨するが、野蛮なタリバン政権が倒れたのをよろこぶ。それは、彼女がドイツでつきあうアフガン亡命者がそう思っているからである。

戦争がはじまった頃、多数のドイツ人は米国の武力行使に賛成した。それは、彼らがテロに不安をおぼえ、武力行使が「濃厚なる容疑者」ビンラディン逮捕と「国際テロ・インフラ」破壊につながると考えたからである。無辜の市民が爆撃で多数死に、餓死する難民が増えるなど武力行使の害があまりに大きくなれば、賛成者も反対する。そう当時、私は思った。ところが、全然そうならなかったのである。正直にいうと。

転機は、タリバンがカブールから撤退し、北部同盟が入城した頃である。それまでは誤爆に批判的であり、武力行使の意味に懐疑的であったマスコミもそうでなくなる。ハナシはいたって簡単だ。サッカーに興じる市民。音楽が流れるバザーで買物する人々。5年ぶりに再開されたテレビ放送の女性キャスター、、、これで勝負あり。「解放史観」の成立。

ドイツの世論がこうなってしまったのは、言論の自由、女性の権利といった「人権」に関心を奪われ、武力行使の意味が「人道的介入戦争」になってしまったからである。こうして「国際テロ撲滅戦争」第一ラウンド終了。第二ラウンド開催有力候補地イラクはイスラエルの反対でお流れ。現在ソマリアが最大有力候補にあげられている。空恐ろしいことである。

私は何かに「絶対反対」という立場をとることができない。国際社会での武力行使も正当化できるケースがあると思っている。今年マケドニアの民族紛争で西欧諸国軍隊が派遣し、武器を徴集した。これは紛争の沈静化につながり、成功した例である。でも、ドイツをはじめヨーロッパで、世論の流れがかわった頃から私は何かへんな気持がしてきた。

ちょうどその頃、日本で市民運動に携わるある女性と電話する。彼女から「ペシャワール会」について教わる。これは17年間アフガニスタンで医療活動を続けるお医者さんが組織され、井戸も掘るNGOである。また彼女はこのお医者さんの「タリバン論」を親切にもファックスしてくれた。その後、私はインターネットで掲載されるこの会の「アフガンいのちの基金」現地報告を読むようになる。最初そのホームページを開くと、偶然そばで画面を眺めた女房が、どこの町で小麦粉と食用油を何人に配布したかという報告に「日本人らしい」と笑った。寄付をするドイツ人は免罪符を買うようなところがあり、細かいことに頓着しないからで、彼女は日本人の几帳面さをほめた。

現実とは、どこに重点を置くかによって異なって見えてくる。欧米メディアの「アフガニスタン」はカブール中心の、欧米に住む亡命者の眼で見たアフガニスタンである。ペシャワール会の「アフガニスタン」は農村社会に腰をすえた人が見たアフガニスタンである。どちらの「アフガニスタン」が、全体を反映しているかは、この国が近代工業国家でないことを考えれば、明白である。

決定的な相異はタリバン政権の評価である。欧米メディアにとってタリバンは人権侵害をする圧政者である。ペシャワール会はその点より、治安回復に成功したことを重視する。さて欧米人に飢餓と間近に迫る冬を忘れさせた人権侵害であるが、この場合、どの状態とどの状態を比較するかが重要である。

タリバンの女性の権利侵害にしろ残酷な刑罰にしろ欧米人は自分達の社会とタリバン政権下の状態を比べて憤慨している。別に欧米の女性にアフガニスタンで暮らすことが求められているわけでない以上、本当はタリバン政権下の侵害がアフガニスタン社会の風習からどこまで逸脱しているかを問題にすべきであった。餓死とマラリアが進行する現在、アフガニスタン社会の後進性を指摘して何の意味があるのだろうか。

次に、欧米メディアが軽視する治安である。音楽が禁止され、ブルカ着用が義務づけられて自由が制限されても、この場合ルールを順守して処罰されない選択枝が残されている。それに対して、治安が悪く、略奪、殺人、拉致、婦女暴行等が起こる内乱・混乱状況はずっと悪い状態である。つい最近、一方的にタリバン批判をしてきた欧米のジャーナリスト五〇人が、北部同盟に対して治安状態が悪いことを抗議して、カブールを立ち去った。これは、本当は皮肉なことである。

昔、フランス革命で処刑されたマリー・アントワネットは「民衆がパンを求めて怒るのに対して、お菓子を食べればよいのに」といった。現在欧米メディアや政治家の発言に接すると、私はこの迷言を思い出す。久しぶりに会ったフローニおばさんに、私はこのことを説明しはじめたが、理解されないような気がして途中であきらめてしまった。